かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

初期イーガンはちょっとごちゃごちゃしてるけど、とっても魅力的だよね!(イーガン読書会②「順列都市」報告)

昔読んだ時、たぶん後半部分がよくわからなくて、ほぼ記憶がない「順列都市」である。

ただ、よくわからないながらも、スゲー!と思ったことだけ覚えている。私は自分には理解や想像が及ばないものがいちばん面白いと思う。そう考えると、この世には面白いもんいっぱいあるな。

というわけで、イーガン読書会2回目でした。今回は私含めた6名の参加。未読は1名のみ(でも大体読んでた)。相変わらず、知り合いのみの会なのでわちゃわちゃ意見が飛び交って楽しい。

初期イーガンの作品なので、「白熱光」に比べると粗い描写が多く、内容も色々なアイディアをポンポン出していくスタイルで、それぞれのつながりが希薄でまとまりがない。

特に下巻に入ると主題が急に変わってしまうので、ついていけない人も出てくるのではないか、と私なんかは思ってしまった。実際数年前に読んだ私はついていけてなかったし。

その分、ストレートに面白いアイディアがいくつも提示されて飽きさせず、おはなしも比較的エンタメ寄り。他のイーガン作品と比べると理解しやすいところや、近未来が舞台なこともあって、現代に生きる我々でも共感できる葛藤が描かれるところは評判が良かった。

特に、主人公のマリアは、かなり現在の一般人に近い人間だったので、違和感を感じず読みやすかったと思う。

最近の作品(「ゼンデギ」は違うけど)は、もうずいぶん未来が過ぎちゃって、人類と言えど、ちょっと現世の人類には理解しがたい感覚や価値観になってしまっているからなあ。人類じゃないのばっかり出て来るし。それはそれで面白いけど少し疲れちゃうよね。

そういえば、イーガン、ちゃんと人間書けるんだ!という声に思わず笑っちゃった。

短編は結構人間ドラマもあるし、特に医療機関絡みのシーンにおいては、看護師の私から見ても、よく現場を観察しているんだなあと感心することも多いんだけど……そもそものところが、人間に対する執着というか、愛というか、少ないひとだなあとは思います。

この間劉慈欣の読書会でも、似通ったテーマとして「ユージーン」(TAP収録の短編)を引き合いに出して語ったら、「それはイーガンがストレートに人の心がない」と言われてキャッキャと笑っちゃった。私はどっちも違う意味で大好きだけどね!

まあ、だからこそ、イーガン先生は宇宙に人類に謎の異星人などを等価で考え、同じレベルでシミュレーションできる作品が考えられるのだし、それが面白さの一つになっているのだろうと思う。

と言ったらみんなに(ほんとか?)深い頷きをもらった。うれしい。

 

イーガン作品はアイデンティティについて描く作品が多いが、順列都市はとにかくその描き方がしつこい(もちろん、いい意味で)。

そんなわけで、共感できる人物が人それぞれじゃないかという話が上がった。一般に広く受け入れられそうなのは、先も述べたけど、やっぱりマリア。

個人的にはケイトやマリアの母なんかも、一般的に理解しやすいのでは、と思う。

さて我が読書会では、ピー派が2人。トマス派が2人。

私はピーが一番よくわかんなかったのでびっくりした。そのひとは逆にトマスに共感とかマジ!?という感じだったので、ひとには多様な価値観があるのだ……!と思いました。読書会とかやると感覚の違いが浮き彫りになって面白いですね。

ピーに感情移入した二人は、10年前の自分は自分じゃない感じがあることや、選択的に人格を選ぶことへのわかりみを語っていた。

そんな中、トマス派の私「トマスはアンナを壁にガンガン打ちつけるところにしか自分がないんだよ~その感覚、めっちゃわかる」

もう一人のトマス派「トマスがやり続けてるようなこと、めっちゃ夢に見る」

大丈夫かな、この読書会……(たのしい読書会です)

いや、トマスめっちゃ好きなんですよ、私。永遠の地獄を選んだくせに、最後の最後で地獄から逃れようと精神崩壊しちゃうのも、こいつのせいでマリアとダラムが間に合わないのも、ぜんぶ好き。ヒエ~人間!って感じで(深刻な語彙力の低下)

もう一人の主人公ポール・ダラムについても色々話が挙がった。塵理論を提唱し、全部の自分が自分であり続けるという狂気の妄想みたいな感覚を持ち続ける男。

TVC宇宙を発進させたら、もうこの自分はいらないから、という理由で自殺するというのが面白いという意見や、最初のシーンは感情移入で来たのに、マリア視点で見たポールはめちゃ気持ち悪いのなんで??という意見が面白かった。

私はあまり気にしてなかったのだけれど、ダラムの家にあった絵画(ボッシュ、ダリ、エルンスト、ギーガー)はそれぞれ不気味なもので、好む音楽(ツァン・チャオ、フィリップ・グラス、マイクル・ナイマン)もちょっと奇妙で不思議という話も上がった。

まあ、つまり、もともとどこか、おかしいひとだったのでは……という。

短編の貸金庫とか見るだに、イーガン先生精神科に行ったことあったでしょ?と思う私は、意図して彼を精神疾患ぽく書いたのかな~という気がする。実際、作中で治療も受けているしね。

単に経験的な感覚だけども(精神科看護歴が長いので)、精神疾患の方、なんとも精神に来る不気味だったり不思議だったりするものを好む方が多いんだよな~。

この辺、変、不思議と切り捨てず、深く考えて解釈することができる方が多いというのはあるかと思う。大体考えすぎて具合が悪くなるんだよな……。考えない人は心が具合悪くならないもの。

また、芸術家も精神を病むひとが多いので、惹かれ合うものもあるのでしょう。

まあ、私も、ボッシュもダリもエルンストも好きなんですけど……。

ちなみにフィリップ・グラス、マイクル・ナイマンについては、好きだという参加者の方が、読書会後のグループDMでYOUTUBEの動画をたくさん貼ってくれました。ミニマル・ミュージックというらしいです。

とりあえずこのブログを書きながら聞いているんだけれども、ちょっとゲーム音楽っぽくて集中できていい感じ。

 

作中舞台である仮想空間やコピーについてや、トンデモ面白理論である塵理論、手作り宇宙で進化したランバート人についても、面白かったという意見が多かった。

仮想空間に関しては、割とシビアな格差社会が描かれ、金がないと低速になるというのが面白かったという意見。速度が速くなるおはなしはあっても、遅くなるのは珍しいとのこと。

また、スピードが遅くなっても本人は認識できないため、唯我論者国家という貧乏(失礼だけど)コミュニティができているというのも面白いと話があった。

私なんかは、もうコレは金がないと通信制限をかけられて低速になるやつだと思って、今読むとなお面白いなと思っていた。格差社会はいつの時代も深刻なものだ。

塵理論は、面白いけど難解、という声が多数。多世界解釈の一つでは?という意見もあった。

私は端的に、なんらかの形で整合性のあるパターンがある限り、無限に自分が存在できる、くらいのふんわりした感じで読んでいた。多分ざっくり言えば合ってるんだろうけど……。

塵理論に関しては調べれば調べるほど難解な説明が出てくるものの、だいたい「この解釈が正しいかわからないが」と書いていて、ちゃんと理解してるやつ人類の数パーセントもいないんじゃないか?と思う。

でも、よくわからん理論があって、そのロジックの中で進んでいくロマンを描くのがハードSFの面白い所だよねえ~という話にもなった。やっぱりよくわかんないものは面白いんですよ。

ランバート人は、人間と全く違う生態を持っていること、とりわけ、群体として考え論理構築のダンスをするというのが面白ポイントだと話が挙がった。

人類もダンスを用いてランバート人とのコミュニケーションをとるが、これも単に人間同士の会話とは違うものとして描かれているのも面白いし、そのうえで無限はあり得ないと断言されてしまい、ランバート宇宙の論理 VS TVC宇宙の論理という展開には、「論理の強さってなんだよ」と思いながらも、強い魅力を感じた人が多かった。

論理の強さというのは、イーガン的に言えば数学的な美しさなんですかね。美しさってなんだよ(無限ループ/やっぱり無限はあるんだ!)

しかしこの、順列都市にたどり着いてからランバート人の論理に敗北して崩壊していくという部分が、あまりにもあっさりとしていて物足りないという意見も多かった。

このトンデモ宇宙論理バトルが下巻の半分ちょっとしか割合がないのは、確かに納得いかない。この流れだけで1冊書けてしまうのでは……?と話す方さえいた。

そこから派生して、7000年経ってるから仕方ないと言えどあまりに前半部分と繋がってないよね、物語の構成としては上手くない、という意見も。オートヴァースが作られた理由としても、TVC宇宙のために予測不能な乱数を入れるということで一応説明はついているけれども、噛みあっていないように感じるとのこと。

私は乱数を入れるためというのも読み飛ばしていたので、なんかそういうのやりたかったんだな、と思ってました(おばか)

イーガン先生、特に初期作品は、これがやりたい!これおもろいやろ!みたいなのがドーン、ドーンと降ってくる感じがあって、最近になるにつれてまとまり感が出てきた感じもあります。そこら辺を読書会で追っていくのも楽しそうです。

 

イーガン名物である、登場人物に知性があるひとしかいない問題も話題に出た。これ、文藝の「イーガン祭り」の対談を見る限り、よくあるイーガン批判の一つみたいですね。

私は勝手に、人類が何万年も経って不死も実現して、結果高い知性を持つのがベースになっていると考えていたのだけれども、順列都市は近未来なのにみんなめちゃめちゃ知性的だったので、違ったみたい。

ちょっとバカっぽく書かれているはずの音楽系彼氏アデンが、マリアと真っ当な議論をしていたり、反社会的な組織や薬物との関わりがあるアンナが、頭の回転が早く言語化が上手だったりする。

アンナに関しては「もっとひどい運命を思いついた。中年の銀行屋と、しあわせな家族ごっこをやってるのさ」というセリフがあまりに傑作という話も上がった。こんな傷つくこと言われたらトマスも殴っちゃうよな……。

マリアの母がコピーを拒否する理由もただなんとなくではなく、理路整然と自分の立場を語る。自身の考えの裏付けとなった神や宗教団体についても、詳細に語ることができる。

ついでに塵理論に金を払う資産家たちも、ポールの説明を理解していてすごくない?という話も出た。

改めて並べるとみんな知性高いなー。現実はもっとみんななんとなく○○みたいな話をすることがほとんどだよ。みたいな話をした。

アンナみたいな子は現実にもいるけど、もっと感覚的に話すよ、という生々しい意見も。まあそらそうだよな。

ただもちろん、知性ある人物を効率的に出すことで、それぞれの思想がわかりやすくなるし、おはなしとしてもスムーズに進むので、一概に悪いともいえない。というか、読む分には、大変読みやすい。

非常に個人的なことを言えば、まあこんなこと言っちゃ失礼なのかもしれないけれど、知性的でないとされるひとびとの、単に愚かだったり意味不明だったりする行動や思想も、人間的な魅力に満ち満ちているとは思います。

でもたぶん、それはイーガンが描かなくてもいいのよねえ。

 

順列都市に関連する作品としては、アーサー・C・クラーク作品、飛浩隆作品(「グランヴァカンス」、「零號琴」)、「ホモ・デウス」、「エターナル・サンシャイン」(映画)が挙がる。また、仮想空間内の生命という点で、後のイーガン作品である「ディアスポラ」(の中の「ワンの絨毯」部分)の元ネタという話も上がった。

アーサー・C・クラークに関しては、人物たちの因果ではなく、宇宙全体の話を描いているところが似ていると。最近幼年期の終わりを読んだばかりだったので、あー確かに、とわかりみ。人間を中心にしたドラマに心惹かれるか、人間を超えた大きなものの変化に酔うのか、人によって好みが分かれそうです。どっちも別のベクトルで面白いよね。

飛浩隆作品に関しては、今回スピーディーに駆け抜けた世界崩壊の部分を詳細に描いた作品がまさに「グランヴァカンス」。面白いです。「零號琴」に関しては少しもネタバレしてくれなかったので、似ているよ!いいよ!という力強い言葉しか聞けなかったんだけど、どのみち読もうと思っていたので今度読みます。

「ホモ・デウス」は、最近の作品なのに書いていることが全部順列都市と同じ、とのこと。気になって調べてみたところ、ここに描かれている未来像が、マジで同じことを書いていた。まだちゃんとは読んでいないけど、2015年にハラリが考え、世界を沸かせた未来像が、1994年の「順列都市」に描かれていたとは衝撃でしかない。イーガン、すげー!

エターナル・サンシャイン」は、順列都市をエンタメ・ラブストーリーにするとこうなると教えてもらった。その人曰く、辛いから二度と見たくないけど、とてもいい映画とのことで、なかなかに素敵な評価。残念ながらアマプラにはないけど、まあ299円でレンタルできるし、そのうち見てみようと思う。

 

さて、こんな感じでだいぶ話し合った内容を整理して書けたかな……。

そもそもが多彩なアイディアとテーマがバンバン繰り広げられるおはなしなもんで、話していることもあっちに飛んだりこっちに飛んだりしていて、まとめるのがとても大変だった。

なにより私のメモが全く何書いてあるかわからん(これは完全に私が悪い)作品名とか印象に残った台詞とか以外は、割と記憶で補完しているので、勝手に話を盛っていたら申し訳ないです。

会の後も、結局仮想空間へのダイブはいつできるんだろうとか、コロナとワクチンと陰謀論の話とか、色々雑談して楽しかった。

次回は7月ごろ、課題本は「万物理論」です。予備情報を全く持っていないんですが、性別に関して踏み込んだ描写があるということで、面白そうです。

結局今回もオンライン開催だったので、次回は対面でやりたいよ~。夏だし少しは落ち着いてくれませんかね。