かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

異なる宇宙に行く前に、数万年後の不滅の人類に思いを馳せる(イーガン読書会⑧「シルトの梯子」報告)

クローズドの頃から数えて、ついに8回目のイーガン読書会になりました!

参加者の方からは、1年半で8冊イーガンを読むのは凄すぎるのでは??という発言もあり、大いに笑った次第です。

まあ私なんかはこれに加えて直交も読み終えてますからね。誇っても良いと思う。

完全にイーガンのトリガーハッピー状態で過ごしています。劉慈欣もバリバリ読んでるのでみんな推しの二人をよろしくな!!

そんなわけで、今回はイーガン長編の中では翻訳最新作となる「シルトの梯子」。

日本では本作品がなかなか翻訳されなかったため、ディアスポラから白熱光で急にメインプレイヤーが人間から異生物に移ってしまったという印象があるとのこと。

参加者の一人が言うには、「シルトの梯子」でイーガンの人間存在への探求や、アイデンティティというテーマが終了したのではないかということだった。実際、ゼンデギや直交三部作は、テーマが社会問題に移っているようにも思える。

作中で父に説明されるシルトの梯子の図は、まさにイーガン作品におけるアイデンティティの考え方を体現している印象も受けるしね。

個人的には、今まで比較的幅の広い量子論がある程度定まってきた影響で、好き勝手びっくり理論を立てられなくなったから、新しい宇宙を作る方向にイーガンの興味が移っていったのかなあとも思う。

それはともかく。翻訳に時間がかかったということは、つまりそれだけ難解なわけで……。

今回集まってくれた精鋭参加者は、私含め7名。うち、初読2名、再読5名。

シルトが初イーガン長編という方もいらっしゃって、個人的には大歓迎ワッショイと、こんなオタクの会合に巻き込んでゴメンナサイという両方の気持ちがあり……。

しかしシルトを読み終えられるということは、イーガンを読む才能に溢れていると思うので、オタクどもが楽しんでいる部分はこういうところなんだな!と思いながら他の作品にも挑戦してほしい次第です。

最初に自己紹介がてら好きなキャラクターを聞いてみたのだけど、ラスマーやヤンが人気なのかな?と思っていたけど、案外皆さんバラバラ。ツールキットという回答も出てきて、たしかに!となったよね。

中には、イーガン作品においてはキャラクターは全員同じ感覚で読んでいる、あまり人格を気にしないという方も。

確かに、イーガン作品はある程度決まった人間(じゃないことも多いけど)のパターンがあるようにも思います。容姿もあまり描写されないし、そもそもデータだったり体は容れ物だったりするということもあるしね。今回は性別もないし。

そんなもんで、人間の形でイメージして読んでいないよね、という話も。確かに。

そこから、それでも人間的な感覚や本能が残っていて面白いよねという話に。肉体が形作られるときに感じる、機械を叩き壊したくなるような衝動や、治療できる傷をあえて体に残す所なんかは面白いという話が多かった。

ラスマーに対して若さを感じるのも、人間的な感覚だよね。

そういえば、4000歳差かー、と話したときに、主観時間の問題があるから、実際は感覚的にはそんなに年が経ってないという指摘があって、そりゃそうだ!となった(私はあんまり考えてなかった)

低速化や凍結が当たり前の社会で、それでも若さや老いの概念があるというのは普通に面白い。この辺りは他の短編などでも描かれているし、イーガンとしてもテーマの一つなんだと思う。

死がないから、死生観は全然違うよね、という意見も。

そもそも、宇宙の危機という王道ネタなのに、人類はデータ化して人類全体に滅びの危機はないというのが面白い。

この人たちにとっての死は停止であり、私たちにとっての眠りと似たようなものなのかもしれない、という話や、コピーが死ぬのはただの記憶喪失という感覚もあるし、バックアップがなくなってしまうことが死では?という話が上がった。

読書会が終わった今も考えていたけれども、自分のコピーや分岐が無数に存在することを考えると、宇宙の終わりがこの人たちのほんとうの死なのかなあ、とも思う。宇宙が存在する限り自分は不滅なのかもしれない。凄いな。

 

量子論の部分はかなり難解だけれども、優秀な解説が味方に付いてくれているので、なんとなく理解できるようなできないような。猫がカワイイ。

わからない単語を検索するとわからない単語で説明されている状況を嘆く参加者もいれば、わからないところはわからないと割り切っている参加者も(ぼくです!)

有識者よりカルロ・ロヴェッリの「すごい物理学講義」という本をご紹介いただきました。作中の量子グラフ理論(サルンペト則)は、こちらで解説されている量子ループ理論をもとにイーガンが作った架空理論らしい。

読みます!まあ理解できる気はしないけど……。今ちょっと調べただけでめまいがしたけど……。

まあ、難しい量子論を解き明かすための読書会ではないので、そこまで詳しい話はしなかったのだけれども(有識者のイーガンオタクの参加はいつでもお待ちしています)、やはり理解できないと面白くない!という参加者もおりました。

理解ってどこまでわかったら理解できるのか?という話も。

イーガンの意図した通りに伝わっていれば理解なのでは?という意見や、自分なりに楽しめればいいのでは?という意見も。

個人的には、別に面白がれれば何でもいいじゃんというところなのだけど、イーガン世界の面白さって現実の理論を下敷きに作られている理論や世界の面白さという部分もあるので、初心者向けの副読本を読みながら「なるほど、わからん」となるのもとても楽しい体験なので良いと思う。

私は仕事関係以外では、漫画と小説以外の本をほぼ読まない性質なのだけれども、イーガンを読んでから、数学や物理や宇宙工学にちょっと興味が湧いて、科学雑誌や新書を読むようになった。

今回も、第1部でキャスがやろうとして(大変なことになった)たのはビッグバン・シミュレーションでは?という意見があり、今現在現実でも行われているらしいと知って、ちょっと調べてみようかなと思ったよ。

 

私は今回再読してみて、おはなし全体として見ると、割とシンプルな構成だなあと思った。初読時は全体の流れがよくわからず、細部を面白がっていた記憶がある。

再読で全体を見てみると、結局プランク・ワームどうにもなってない問題とか、チカヤが最初から最後まで流されっぱなしでそれでいいのか!とか、色々気になる部分もあった。

この辺、イーガン長編初の参加者も同意してくれて、パッとしないオチに対して「読み方を間違えたのかと思いました」と話してくれた。

ここに関しては、イーガン作品は大体いつもオチをあまり重視していないのでは?という意見や、トラウマ解消はできているのでチカヤとマリアマの関係性としては完結しているのでは?という意見が話された。

チカヤ流されっぱなしに対しては、自分とか自我に拘る私ならではの感じ方では?という意見も戴いて、確かにその場その場で自分を(良い方向に)変えていくのも一つの生き方だよなあとも思った。マリアマあまり好きじゃないけど、自分の人生にこだわりを持って突き進む部分は、私が目指す所に近い。

結局キャスの物語に戻ってオチているのでは?という意見もあって、確かにキャスの話としてはちゃんとオチが付いているなとも思った。

それはそれとして、新真空内の生物があまりに人間的過ぎないか?意思疎通が普通に取れるのはどうなのよ?という声も。

新真空は人間が作ったものだから中の生物も人間っぽくなったのでは、という意見もあったけれども、そういうのはつまらんよ~という意見もあった。

ここに関しては、スタニスワフ・レムと比較する話も出た。実際、よく比較されることが多い作家だ。

どんな生物とも比較的意思疎通が可能なイーガンとは違い、レムはほんとうの意味で理解できない生物とのコンタクトについて描いている。それがとても好みという参加者もいて、イーガンと比較してしまうようだ。

私の好みはどちらかというとイーガン寄りだけど、レムはこのコンセプトで物語をちゃんと書いているというのが凄いし魅力的だと思っている。ソラリスはちゃんとラブストーリーだしね。

レムといえば「ソラリス」だが、参加者の一人が「エデン」という作品も紹介してくれた。難しいことは何も書いていないのに、全く情景が浮かばない、理解ができない作品とのことで、とても面白そう。

 

さて、当読書会でも何度も話されるけれども、イーガンは知性に対する信頼がとても厚い。知性を突き詰めると似たような境地に行くのだと確信をもって描いている部分があるのは、イーガンオタクたちには周知の事実だ。

だから、宇宙生命体も人間の知性の延長線上にいるし、知性を阻害する宗教は悪しざまに描かれるし、アナクロノーツの描き方も愚か極まりない。思考停止への忌避感が強いという指摘もあった。

そのため、今までのイーガン作品では、敵が自然災害や新しい理論だったり、知性ある人間集団の中での戦いだったりした。

ただ、今回はアナクロノーツという言っちゃ悪いが下等な存在が、最新技術を駆使して敵として立ち向かってくるのが面白い、ということが話題に上がった。

今までつくり話をして、ペットのように扱っていたのにね。これも、以前に正しいことを言ったらろくな事にならなかったからそうなったのでは、と意見があった。まあ、そうだと思う。

そこから、知性あるはずの防御派の人間が、比較的多い割合でアナクロノーツ達に加担していたのも面白いよね、という話も上がった。

知性がないはずの人間が、知性を味方につけて世界を脅かすのである。

この部分は、あまり詳しく話すと燃えそうなので言わないが、昨今の情勢や有名な事件などを思い起こす人も多いだろうと思った。

イーガンは、シルトの梯子から白熱光まで、休筆している期間がある。この期間、イーガンは難民支援に関わっていたという。

冒頭でも話したが、再度筆を執ってから、作品のテーマが徐々に変化している。この難民支援の経験が、イーガンの人生観に大きく影響したのだろうな、と私は思う。

そうなると、ちょうどシルトくらいから、知性のなさが案外大きなことを引き起こすのでは、と考えたのかなあ、などと思いを馳せる。現実は知性ある者が必ずしも勝たないのよね……。

こうやって考えると、単に小説が上手くなっただけではなく、イーガン自身の変化が人間ドラマにも深みを与えたのかなと思います。

参加者の中には、トンデモ理論と人間ドラマの塩梅が良い「シルトの梯子」がいちばん好きという意見もありました。うーん過渡期の傑作!

 

介在者やクァスプに関しても、もちろん多くの意見が上がった。

介在者が欲しい!今後必要になるはず、という主張に対して、いやそこから零れ落ちるものの方が大切では?という意見もあり、私は便利だし欲しい派だったが、確かにな…という気もした。

実際、作中でコミュニケーションが完璧に成り立っているかといえばそうでもなく、それが人間ドラマを白熱させている。あくまでも補助ツールであることは忘れちゃいけないよねえ。

介在者に似たものとして、ALSの方が視線でキーボードを打てる機械を挙げる方もおり、ある程度は現実でも可能になってきているし今後もそうなるのでは、という話も。

この話を聞いていて、翻訳アプリもかなりの精度になってきているらしいことを思い出しました。はやく言語を勉強せずともコミュニケーション取れるようにしてくれ。

クァスプに関しては、環境から影響を受けずに自己決定を行う、という部分に魅力を感じる参加者はあまりいなかったイメージ。

結局自己決定というのは環境から影響を受けるのが自然、という意見もあり、まあそらそうよね、という感じもした。

解説でも潔癖すぎるのでは?と指摘があるくらいだし。

ちなみにこの辺り、あまり時間がなくて深められなかったのだけれど、私はそれが自分だと確信できる選択を自分で行えるというところでは、クァスプはかなり魅力的だと思っている。上手く説明できなくて言えなかったけど。

私はイーガンの知性の数%も持っていないけど、イーガンがクァスプなんかを作り出した原動力はちょっと理解できる気がするのよね。

まあ、クァスプの詳細は「ひとりっ子」に書いてあるとのことなので、今後「ひとりっ子」も課題本として取り上げていきたい次第です。

 

いやあ、今回も楽しい読書会になりました。イーガン作品はそれぞれ楽しみ方が違うので、色々話し合い、出し合うのがとても楽しい。

何回読んでも新たな発見があるので、何回読書会やってもいいですね。白熱光とかそろそろ忘れてるし、また読み直したい。

毎回初参加の方もいらっしゃって嬉しい限りです。今後もよろしくお願いします。

次回はそろそろ私の我慢が効かなくなってきたので、直交三部作にしたいと思います!

当然、三部作全部一気にやったら何時間あっても喋り切れない(そもそも一気に読み切れない)ので、一作ずつ。

始めは「クロックワーク・ロケット」。タイトルの意味が分かった瞬間に脳汁出まくりの逸品なので、みなさんぜひ、よろしく!

おはなしとしても素晴らしく、私は未だに酒を飲むと主人公ヤルダについて喋りまくり、果ては泣き出す作品。ジェンダーSFとしても最高!

何回も何回も言ってるのですが、イーガン読書会は直交三部作をみんなで読みたくて始めた会です。ついに次回本懐を遂げられるということで、幸せの極み。

それでは、今回もご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!よろしければ、次回もよろしくお願いします!