かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

イーガンの魅力の集大成!面白さにみんなひれ伏せ!(イーガン読書会⑤「ディアスポラ」報告)

イーガン読書会、5回目。5回もやってりゃ、最後までやれるだろうという気楽な心構え。目指せ直交三部作!

今回は年末総仕上げということで(まあたまたまだけど)イーガンファンの中でもとびきり評価の高い傑作「ディアスポラ」。

とびきり面白いわけだけど、作中の架空理論や学術的な記述もとびきり難解。しかしさらに難解なシルトの梯子と比べれば、まだまだ理解しやすい本作。

というか、内容が9割わからないのに何となくあらすじがわかる、というのは、逆にイーガンの天才っぷりが窺えるのでは……!?

ということで、今回の参加者は私含めて5名。うち、既読が3名。既読の方が多い会は珍しい(5回しかやってないくせに)

やはり、全体的に面白かったと評判が高かった。

既読組からは、再読を期に、タウを計算したという人もいて、おお、すげえ……。となった。私はタウ表があるけどフーンとしか思っていなかったよ……。

こういう、まだわかりやすい(しかも対応表まである)ところからイーガンの世界観に触れていくのはとても良いですね。

文章に注目して再読し、理系ギャグ的なおもしろ(?)ジョークが結構あると気付いたという人も。「ほとんど理解していないゲームを、考える気にもなれない高額の掛け金のためにプレイしている気分だった」とか。

なんて長いし的を射てるのかよく分からない比喩!言われてはっとしたけれども、確かにイーガン作品、この手のちょっと意味の取りづらい比喩、わりとある。そこに着目して読むのも面白いかもしれない。

未読組からは、面白いけど難解!という声が。特に真理鉱山とコズチ理論。巻末に用語集や物理学の簡単な説明があるけど、まあ、これわかったら物理学の教授になれるよね。板倉先生の解説ブログを頼ってすら無理筋。

これがわかる物理学マニアは幸せだろうな~という意見も出て、それには激しく同意!

でも今までイーガンを読んできた蓄積によってわかったという声もあり、読書会を開いてきて良かったな~と思った。

ちなみに私も既読だったわけだけれども、再読に際しては、未来の人間たちの在り方や考え方に着目して読んでいた。特に、初読の時にショックを受けたトカゲ座ガンマ線バーストのところは、かなりじっくりと読んだ。

地球の肉体人の暴力的な批判や頑なさ、しかし議論を通じて少しずつ分かりあえて、ここからどう肉体人を守るのかな?と思ったら成す術なく地球ほぼ全滅!さらにこれで良かったのか!?と不安と恐怖を煽る強制的な移入!

そして畳みかけるように、色々とヤチマの世話を焼いてくれたイノシロウが永久に価値ソフトを走らせ別人と化してしまう……。

昔は、こんなショックなことある!?って思ったし、こういうのイーガン作品に望んでないって思ってたけど、今は考えが変わって、こういうのもっと書いてほしいと思っている。

イーガン作品は、ハードSF部分だけでなく、人間存在に対しても圧倒的なリアリティを誇っているということが、段々とつかめてきた昨今である。

 

さて、私はトカゲ座がいちばん印象的だったが、読書会の中語られた印象的な場面としては、第一部のヤチマ誕生と五次元ヤドカリ編、が挙げられた。

ちなみにワンの絨毯も面白かった!という声が多かったが、面白過ぎて深掘りすることがなかった(笑)高位宇宙に行くにあたって、コピーして持っていってやれよ!という声があったくらい。しかしそれは生態系を保存したことになるのか……?

ヤチマ誕生は、自我が生まれるまでのシミュレートが面白いという意見が多数。他者認識から自我を獲得する過程は、実際の幼児にも当てはまる部分でもある。他者認識ができない状態(障害)として、心理学で有名なサリーアン・テストを挙げてくれる参加者もいた。

また、その参加者より脳科学の参考書として、養老孟子監修の「ブレインブック みえる脳」という新しい書籍を挙げてくれた。私も昔は脳科学をちょっと勉強していた時期があるので、せっかくだし買ってみようかなと思っています。

自我が芽生える前ってどんな状態なんだ?(アイコンはどうなっているのか?)という議論や、自我を得られなかった孤児はどうするんだ問題なども面白かった。

若干眉唾ものではあるが、言葉をかけずに赤ちゃんを育てる実験を行ったら、幼児のうちに死んでしまうという話から、自我を得られなかったら死んでしまうのでは、いやいやさすがにサポートプログラムがあるだろう、そもそも孤児って必要?など。

また、自我問題に関しては、話全体のテーマでもあり、コピーがどんどん作られていく中で、自我に対する考え方は変化せざるを得ないのではとか、自我の同一の自我を求める層は環境に適応できず自殺を選んでいなくなっていったのでは、など、色々と作中の社会についても想像を膨らませていた。

私は自我が希薄になっていく感じを抱いたが、それは私が自我に同一性、唯一性を求める人間だからなんだろう。未来で生きていくのは無理そうだ。

 

五次元ヤドカリは、もう単純に存在が意味わかんなくて面白いよね、という感じ。全くわからん五次元ビジュアル、洞穴っていうけどどうなってるの?とか、生態系の安定さの謎気になる!とか。なんでトランスミューターの姿を聞かなかったの?とか。

この辺が膨らんで、実はトランスミューターは彫像を作った後戻ってきた姿なのでは!?という話になって大変面白かった。戻ってくるという発想はなかった。

いやいや、あれだけの宇宙を超えたトランスミューターがヤドカリで我慢できるはずがない、彫像作って満足したから一人くらい戻ってきていてもおかしくない、明らかに自然発生的な安定性を越えているし……などなど、楽しく話し合った。

また、オーランドの選択のシーンと合わせて面白いという声が多かった。五次元ヤドカリとの邂逅は、作中で唯一、他の生命体とコミュニケーションを取った部分であり(指摘されてハッとした)オーランドは架橋者としての使命を作中ただ一人、完璧に全うしたのだ。

また、現代の我々と最も近い精神であろうオーランドは、読者としては一番感情移入しやすい存在として描かれている。そのため、彼の葛藤と決意、そして統合という元肉体人らしい選択はひときわ胸を打つ。

オーランドは読者と作品をも架橋してくれた、そんな意見もあり、胸がキュンとしました。

 

冒頭で私が着目していた人間の在り方という部分に関しても、様々な意見が挙がった。

本作では、移入した後の人類、地球に残る肉体人、グレイズナー・ロボットなど様々な人間の形態(?)が語られる。その中でも、ヤチマのような孤児や、肉体人に憧れを抱くイノシロウ、トカゲ座バーストのために移入せざるを得なかったオーランド、オーランドの息子として教育されたパオロなど、生き方、在り方はさらに多様である。

無限の資源を持つポリスの人々は、考え方の違いはあっても戦争などはない。しかし、肉体人は暴力的にヤチマやイノシロウを排除しようとする。

読者側としては、移入すれば良いのに、と思う部分もあるが、肉体人側からすれば移入は死と同じかそれ以上の冒涜、屈辱である。自身の選択が正しいと信じて生きてきた彼らは、他の選択をした人々への羨望もあり、より排他的にグレイズナーや移入を憎むのではないか、という意見もあった。

たとえ移入したとして、適応できるとも限らないという話も上がった。適応できなければ、結局は自殺を選ぶしかない。ヤドカリ部分でも触れたが、オーランドは適応にだいぶ苦しんでいたし、地球の人格では自殺を選んでいた。

元肉体人のオーランドは、家族を重視し、それは息子のパオロにも引き継がれている。対し、ヤチマは孤児であり、家族という考えが希薄だ。そこから、ヤチマとパオロの考え方の違いが浮き彫りになっていく、という話もあった。

ヤチマは平気でパオロに酷いジョークをかまし、パオロは何億年も時を移動してなお、ヤチマと子供を作る気にはなれない、と話す。この考え方の違いの描き方、そして、二人に対するイーガンの目線のフラットさが面白いと話題になった。

自我問題の部分でも自我に対する考え方の変化を書いたが、このようなコピーが多発する時代、だんだん家族というのは意味をなくしていくだろう。全体の考え方はどちらかというと徐々にヤチマ寄りになっていくのが自然なのだろうと思う。

また、話し合っていくうちに、このおはなしは、永遠の生命を与えられた人間が終わりを希求する物語ではないか、という話になった。

ヤチマのすべては数学という選択。最後まで家族に拘りつつも、自身の望みを完遂したパオロ。イノシロウの価値ソフトを走らせる選択も、確かに彼自身が選んだ一つの終わりだし、オーランドも架橋者として終わりを迎えた。ブランカはコズチ理論を完成させ、無限の可能性の中に溶けていった……。

まあヤドカリになったかもしれないけど、トランスミューターも、最終的に彫像を作るという選択をした。

ヤチマの選択は、大絶賛の参加者もいたし、私は家族というものを永遠に理解できなかったんだな、と思う。オーランドの選択がムネアツ!と思う人もいれば、ネット上では悲しい選択、と書く人もいた。人によって様々な意見が上がるだろう。

イーガンの小説は毎回この話になるのだが(私がいちばん魅力に思っているところだからというのもある)、色々な価値観がある中で、そのどれにも必要以上に寄らない、フラットな描き方をするのは、やはり大きな魅力の一つである。

でも、コズチ理論が間違っていてしょんぼりした後出てこなかったガブリエルは、ちょっと不憫じゃない?

 

その他にも、ポリスのハードウェアのメンテナンスはどうしてんの問題が挙がったり(非知性体がメンテナンスしている説、バックアップが無数にあるから問題ない説などがあった)、トカゲ座のことは他生命体に聞いて終わっちゃったけどいいの?とか、マクロ球を移動するのに何兆もコピーできて怖い!とか(白熱光でやってたみたいに消してたんじゃないの説が挙がった)、色々話し合った。

トランスミューターが残したのが中性子!というのは凄いという話をしつつも、相変わらず知性がある種しか辿り着けないんだねえという、知性への信頼が厚すぎる、いつもと同じ安定のイーガンさんという話も出た。

ふつうのSFだったらみんなマクロ球に避難して助かりました!で終わりなのに、トランスミューターを追って900億年も時を駆け、どんどん発展していくストーリーが魅力的という意見にも深く同意。

今回も、参加者の方々のご協力によって、楽しい会になりました。いつもいつも長くなっちゃって申し訳ない。

そして、どれだけ興味を持っている方がいるかわかりませんが、次回以降、知り合い同士でやっていたこのイーガン読書会、外部からも参加者を募集したいと思います。

理由としては、単純にもっと多くの人にイーガンを読んでもらいたいというのと、知り合いだけの間だとどうしても閉塞感が出るからというところです。

あと、これだけちゃんと(というか労力をかけて)まとめているので、そろそろ誰か興味持ってる人いないかな??というのもあります。

もしご興味ある方は、今後開催概要をこちらのブログの方に載せる予定なので、そちらをお読みください。また、同時にTwitterアカウントも作成する予定なので、合わせてフォローいただくと幸いです。仕事の合間に作るので、もうちょっと待っててね。

ちなみに、次回開催は「しあわせの理由」を題材に、2023年3月を予定(日付はまだ決まってないです)しています。対面かZoomかは、コロナ状況を見ながら決めていく予定です。

「しあわせの理由」は、イーガンの短編集のなかでも大変読みやすくわかりやすいものなので、ご興味ある方はぜひどうぞ!ご質問やご意見はブログにコメントを寄せていただいてもかまいません。後日返信させていただきます。

私としては、イーガンについてメッチャ喋れる会を作って、色々な人がイーガンを読んで難しい部分はあるけど面白いな!と思っていただければ、それに勝る幸せは今のところないです、いやまじで。

あ、欲を言うなら、劉慈欣とThisコミュニケーションも読んでもらえると嬉しいです(推し作家は全部読んでほしい)

ではでは、ぜひ、今後ともイーガン読書会をよろしくお願いします。