かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

新しイーガンの洗練された短編集は、長編を読んでいればいるほど面白い(イーガン読書会⑦「ビット・プレイヤー」報告)

イーガン読書会、ついに第7回。オープンにしてからは2回目。

今回も適度に参加者が集まって……と思って前日の深夜(すでに当日)にTwitterを開くと、参加者が3人増えて総勢10人になっていて、酔いが一気に醒めた(酔っぱらって寝てた)

おおう、どうしよう……定員は決めてなかったけれども、こんな大人数で読書会とかやったことないよ。さすがイーガンパワー。

しかし、一人くらいはこれが最初のイーガンというひともいるんじゃないだろうか……

なんて思っていたわけだけど、蓋を開けてみたら、今回もイーガンファンの楽しい集いになっていた。

というわけで、私も楽しかったです。ありがとう!

結局当日病欠が一人出て、参加人数は9名。3名が初見の方。前回からのリピーターさんもいて嬉しい。

課題本は「ビット・プレイヤー」。日本では一番新しい短編集、新しイーガン。

初読は3名だけ。私も再読組です。刊行当初にニコニコ買った記憶があります。

自己紹介時に好きな短編は?と聞いてみたら、圧倒的に「孤児惑星」が大人気。後は「失われた大陸」以外に1票ずつ入る感じだった。

私は圧倒的に「七色覚」が好きだったのだけども、全然人気なくて驚いたわ。

さて、イーガンを前期・後期に分かれるなら、後期に分類される作品(執筆休止期間を区切りとする)ということで、現代の新しい言葉(ネットフリックスなど)も入っているのが面白い、読みやすいとのっけから話が弾んだ。

イーガン後期は政治的な作品が多い、という意見から、「万物理論」は政治的な部分が面白かったという声に、後期イーガンはより体験に根差した政治が描かれているという意見も。

個人的にも後期イーガンは、解決が困難な社会事情や解決に乗り出す人間たちの争いが、昔に比べて深く描かれているような気がする。この辺は、直交三部作を読んだ後のほうが語りやすいので、今回はあえて議論としては深めなかった。

「ビット・プレイヤー」の読書会だからね??

当たり前のようにイーガンの他の長編の話になっているので、イーガンファンってすごい……と思います(他人事のように)

 

「七色覚」は、私は非常に好きな短編なのだけど、驚きの新技術でもなければ、広いスケールの話でもなく、物足りないという意見がまず上がった。

私は、イーガンというひとは、人類をデータ化して宇宙に上らせるために、まず人間の能力(身体能力も知的能力も)を画一化しようとしていると思っていて、まず障害というものを無くすことに取り組んでいるのだと思っている。

この話も、視力や色覚の差を無くすための技術の過渡期の話だと思っていて、そこが面白いと思う。

また、七色覚になった人たちの絆は、障害者当事者会の絆と似ているような気がして、自分と同じ世界を見ている人たちの絆って良いよな、という話をした。

それに対して、イーガンはディアスポラなどで生命に関わる重大な場面で、人間のアップデートを迫ってきたため、そのあたりの罪悪感から、人命に関わらない楽しみとしてのアップデートの話を書いたのでは、という意見もあり、なるほどなあと思った。

そこから、このアプリ使いたい?という話にもなり、割とやりたくない派が多い印象。成長期にしか使えない不可逆な技術ということで、不安過ぎる、という声もあった。気が狂う人もいそうだよね、という意見も。最もだと思う。

イーガンのおはなし特有の、人生上手くいかないけどなんとかやっていく、ドラマとしての面白さを指摘する人もいた。これは「不気味の谷」や「鰐乗り」なんかもそうだと思う。

今回は深められなかったが、新しい芸術の話では、という話もあった。イーガンと芸術については、改めてどこかでイーガンファンたちと語ってみたいですね。「ディアスポラ」でも芸術についての言及あったしね。

 

不気味の谷」は中々評判が良かった一作。

「ゼンデギ」を読んでいるとより理解しやすいね、という話が当然上がる。「ゼンデギ」で不完全だった部分が、「不気味の谷」や「失われた大陸」で補完された感じが強い。

「ゼンデギ」では、サイドローディングされたデータには自我がないような書き方をされていたが、「不気味の谷」ではめちゃくちゃ自我あるじゃん!という話も上がった。

体験のない記憶に振り回され、最終的には振り回された体験を自我として、自分の人生に向かっていく希望で〆るドラマ部分に感動した人も多かった。

そこからAIや自我についての、それぞれの参加者の価値観などの話にもなり、たいへん面白かった。AIの進化は心や自我の芽生えがあってこそという意見もあり、自我とはそもそもただの現象という考え方もあり……。

この辺りは話しても話し切れない部分であり、どうせイーガン作品を読むにあたっては切り離せない部分なので、継続的に議論出来ていけたらいいですね。

そういえば、今作は話のオチの理解が難しい作品でもあり、感想サイトでも「なんか最後よくわからなかった」と書かれることが多かった。

私もオチが理解できず、3回くらい読み直したうえで、「結局これって、恋人のほうが殺してたってオチでいいんだよね?」と聞いたくらい。そのうえで、「えっ主人公が殺したんじゃないの?」という返答もあった。

話し合って、やっぱり恋人が殺したという理解でよかったらしいのだが、核心的なところをサラッとしか書いてないのでわかりづらい。

と、これは、作中でも語られている映画の「エンゼル・ハート」と同じネタなんだよと参加者の一人が教えてくれる。大ネタバレだが、古い大作なのでウィキペディアに全部内容が載っていた。

確かにおはなしの構造がそっくりである。これが下敷きだとわかっているとおはなしがたいへん理解しやすそうだ。気になる方は見てみてください。

 

そして表題作の「ビット・プレイヤー」だが、イーガンが書くなろう系だ、異世界転生だとみんなのテンションの高い作品だった。

世界は雑なのに、その世界を形作る機械が非常に高性能だと分かる作りで面白い、という意見が印象的。三文小説もイーガンが書くとSFになってしまうのですよ、と笑い合った。

飛浩隆の「グラン・ヴァカンス」を思い起こさせるという話もあった。

ただ、このような作品の中ではAIが弱者になりがちだが、イーガンの書くAIは主体的に行動し始め、自ら実験し始めるというのが面白い。世界に疑問を持つのが早すぎるだろ!という意見もあり、みんなで笑った。

このおはなしが、いちばん救いがない、という意見も。

確かに、本短編集では、どうにか人生頑張っていく、という希望が描かれる作品が多い中、この作品だけ、未来に希望がぜんぜん見えない。抜け出し口がないのである。

ラストの「死んだ人は、全員飛びおりたんだ」という言葉からも、絶望が染み出ている。

しかし、これは読書会が終わった後に考えたのだが、個人的には「外部世界が文明的と言えるようになるのを待つの」は、イーガンの祈りみたいなものかなあと思う。

読書会では毎回、イーガンの考えとして、知性を突き詰めると最強になる感覚がある、他者への信頼感が篤い、と話が出るのだが(今回も出た)、その表れのようなラストなのかもしれない。

 

「失われた大陸」は、完成度が高いという部分では多く同意を得られる作品だったが、イーガンらしい/らしくないでは大きく意見が分かれた。

イーガンの人を人として尊重する考えがはっきりと表れていたり、ドラマ中のモブの知性が高く対話ができる、という部分では確かにイーガンらしい作品である。

個人的には、何の裏付けもなく、砂嵐に飛び込んで世界線を移動してしまうという部分でイーガンらしくなさを感じる部分があった。

ただまあ、主人公の設定と短編ということを考えれば、SF設定的な部分を描く余地がなかったというのもうなずける。

これも読書会の後に考えたのだが、この裏付けのない理不尽な感じが、リアルな難民の感じている辛さに繋がるのかもしれない。

難民に関しては、この現代日本でも入管難民法の問題など、否が応でも目にする大きな問題である。それを受けて、切実な問題として受け止めた参加者も多かったように思う。

 

「鰐乗り」は、なんだかんだで今回いちばん言及があった作品だったかもしれない。

まず、「白熱光」を読んでいないとこの作品、よくわからない。急に孤高世界と融合世界とか言われて、なにがどうした?となってしまう。

実際、私はこの作品は初見時に非常に印象的で、なぜかというと、全く何を言っているのかわからなかったからだ。それなのに、遠い遠い未来で夫婦が壮大な終活しようとしていて、なんかうまくいかなくて嫁の方だけスペシャルな施しを受けたというドラマ部分がわかる、という不思議な体験だった。

今回この短編集が再読できて、「白熱光」を経たうえで色々わかったのがとても良かった。イーガンは一生かけて読んでいきたい、その都度理解度が上がる、というのはある参加者の言葉だが、これには強く同意したい。何回も読もうぜイーガン。

個人的には、このおはなし、解像度が上がっていちばん思うのは、「リーラこのあと安心して死ねる?」問題。

いや死ねるでしょ、目的達成したし、という意見もあったが、私は、こんな一人だけスペシャルな施しを受けておいて、もっと関わりたくなったのでは?という意見。一緒に終活してたジャシムとも心が離れちゃったし……。

この辺は、たとえば飛行機を作りたいという夢を持った時に、飛行機の羽根部分を完成させて、「飛行機作る礎となって満足」派か「飛行機そのものは作れてないやんけ」派がいるよね~と思って、これも価値観の違いが大きく出て面白い話題だなと思った。

また、おはなし中盤で出てくる蛇型生命体がもふもふでカワイイ!なんか体でビビビとやってるのカワイイ!というキャラ萌え的な意見も面白かった。

静かに暮らしたいのに主人公たちが来て喜んじゃうとか、生きるための理由を探しているけどわからないとかが萌えポイントらしい。たしかに「わたしには見当もつきません、あなたがたとまったく同様に」は私もエモくて非常に好き。

この萌えを語っていた方は、私がイーガン沼に引きずり込んだ方なのだが、イーガン小説は変な生き物が出てくるところがすごく好き!とのことで、その話を聞くたびに、ヨッシャはやく直交行こうぜ、という気分になる。直交までぜひついてきてくれ。

しかしこの蛇さん、読者側から見たらカワイイ感じなのだが、主人公側から見たら怖いと描写されているのが面白いという意見もあった。歓迎されているのにちょっと引いてるしね。

蛇さんとのコンタクトに関しても、イーガン特有のコンプライアンスの高さがうかがえるということも話題に上った。主人公たちはコンタクトに臨むにあたって、彼らの歯の数すら調べており、その上で最適なコミュニケーションを選ぼうと努力する。

この辺のコミュニケーションが始まる前の事前準備をするところ、個人的には看護師のコミュニケーションと少し似ていて面白い。

イーガン先生、これは医療現場から学んだものなのかな?と思うと、妄想かもしれないけれども嬉しいんですよ。

ちなみに、私は、たびたびイーガン先生医療現場で学んだのかなシリーズの話をすることがあるのだけど、今回は参加者の一人がそれをたいそう面白がってくれて嬉しかった。

しかしイーガン先生の倫理観の高さには毎回舌を巻く。身が引き締まる思いである。

 

最後に、みんな大好き「孤児惑星」。たとえ一番好きな作品ではなくとも、これが嫌いなイーガンファンはいないだろう。イーガンの真骨頂だ。

まず、フェムトテクという謎のハイテクノロジーに心が躍る。人類に扱える限界はナノテクといわれており、その先を行くオーバーテクノロジーだそう。

あまりによくわからないので、参加者の中では、ミクロのさらにミクロという理解をしている、という人もいれば、なんかよくわからないすごいやつ!とニコニコして言うやつもいる。私です。

石油やレアメタルのメタファーという見方をしている人もいて面白かった。

宇宙に出ることで、元素や素粒子のようなものを再発見できるぞ!という話もあり、笑ってしまう。人類の欲深さ、無限大なり。

しかし、「白熱光」もそうだったけど、宇宙の法則を発見、修正、再発見みたいなのって、滅茶苦茶心躍りますよね。法則の内容ほとんど理解できなくても!

タルーラの派閥についても、テンションが上がる人が多かった印象。

しかも知性なく騒ぎ立てる派閥はなく、過激な派閥の中でも、ちゃんと「だれも死なない方がいい」と言える人がいるというこの冷静さ、倫理観。ここに良さを見出すイーガンファンたちである。

この派閥部分やラストの展開に、「シルトの梯子」を思い出す人が多く、私も随分昔の記憶だけれども、通ずるものが描かれていたのは覚えている。それがめちゃ面白かったことも。

データ化して、バックアップも得て、それでも帰りの保障の無い未知の場所へ向かうことへの重みがあるというのは、「ディアスポラ」でも描かれていたけれども、自分とは何か?自分らしい選択とは何か?という問いも相まって、個人的にはとても面白い。

 

そんなわけで、次回の課題本は「シルトの梯子」となりました。おそらく9月上旬ごろになるかと思います。

いやあ、今回も2時間ちょっとオーバーし、みっちり話し合うことができ、ほんとうによかった。面白かった。仕事が忙しくて心が弱ってたけど、完全に潤いましたね。イーガン好きと喋ることでしか得られない栄養がある。

人数が多かったけど、みなさん譲り合ってくれて、よくわからないことにならなかったので一安心。みんな長編読み過ぎてて、話題は広がりまくりだったけど……w

当読書会では、ラストで皆さんに感想を求めているのだけれども、イーガンの愛が伝わる話し合いでよかったとか、他の作品を読み直したくなったとか、良い感想を頂けてとても嬉しかった。

やはり考え方が人それぞれなので、同じ作品を読んでいても着眼点が全然違ったり、同じシーンでも感じ方が180度違ったりということが多く、その辺りを読書会で話し合えるのは非常に面白いなと思う。

同じイーガンファンでも、環境や価値観が違うと全然違うもんですね、当然だけど。

懇親会もたくさんの方が参加してくれて、イーガン以外の小説の話などもできて良かったなあ。今度イーガン好きによるイーガン好きのための、イーガン以外の小説紹介会とかもやりたいですね……。

今回参加してくれた方、ほんとうにありがとうございました。また、よろしくお願いします。

 

そういえば今回、間違えて「プランク・ダイヴ」を読んできた人(「ビット・プレイヤー」も昔読んでたのでそのまま参加してもらったけど)がいて、爆笑の渦だったのですが、改めて見ると表紙まじで似てますね……。

かわいそうなので、そのうち「プランク・ダイヴ」もやりたいと思います。あたいは「クリスタルの夜」が好きです。