かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

イーガンの描く新しい宇宙、サイエンスで読む?ソサエティで読む?(イーガン読書会⑨「クロックワーク・ロケット」報告)

直交三部作が読みたい気持ちで初めて、身内で読み終わったら終わらせようと思っていたイーガン読書会、いつのまにか9回目になりました。

これもイーガンファンと翻訳の山岸先生の御好意のたまものです。いつもRT等ありがとうございます。

さて、ついに直交三部作のはじまり、はじまり。ということで、課題本は「クロックワーク・ロケット」!

今回の参加者は私含め8名。初参加の方も1人。長年SFの読書会を主催し、直交三部作も扱った方も来てくれました。ありがたいことです、私もアイラブイーガンTシャツ欲しいです。

初読4名、再読4名という、当読書会の中ではバランスの良い感じになりました。ていうか再読が4名もいるのが単純にすごいよ。

そして、初っ端から会は大荒れ!(?)

あまりにもわからなくて面白みが感じられなかった、という声に対して、理解しなくても人間ドラマはわかりやすいから読みやすかったという声もあり、私は割と中間にいるタイプなのでどうしよう!?となっておりました。

理解できたら面白いのにとおはなしの端々に引っ掛かりを覚えてしまう派と、どうせ自分には理解できないので、自分が面白いところを楽しむと割り切っている派。

今回は特に、世界観の説明として物理学や化学、光の見え方など語られることがほとんどで、それがドラマ部分にあまり関わって来ず、理解しなくても読めるようになっている。そのため、他の書籍に比べて、読み方がこの2つの派に分かれやすいというのはあったのだと思う。

自己紹介時に社会派小説とハードSFの融合と称した方がいたが、言いえて妙だと思う。どちらをメインに読んでも間違いはないはずだ。

また、今回は自分たちの宇宙とは少し違うというところで、より混乱しやすいというのもある。少し違うが何が違うのがよくわからん、解説もわからん、解説の解説が欲しい、という話もあった。

ある方は、エンジンについての記述で、自分がある程度知っているテクノロジーが全く違う仕組みをしていて混乱してしまったという話をしていた。

この話を聞いた時、昔、知人のガチ理系で私よりはるかに物理も数学も知っている方が、イーガンの長編(タイトルは失念した)を読んで「気が狂うかと思ってやめた」という話をしていたので、逆に微妙に知っていると混乱する部分も出てくるのではないかとは思う。

結局、娯楽作品もマジで考えるから面白いみたいな人と、娯楽なのだからマジである必要はないと考える人と別れるのかなという気はする。

この考え方に関して喧嘩してもあまりに無益なので、結局のところ、途中である参加者が言った、「(わかんなくて面白くないと思うのだったら)勉強するしかないよ」という言葉しかないと思う。

私はイーガンで物理面白い、SF面白いと初めて思って、一般向けの物理学や数学の新書をちょっとずつ読むようになったんだよね。新書なんて一生買わんと思っていたのだが(物語以外に一切興味がない人生だった)

今でも作中のグラフや方程式も、意味わかんないなりに「へえーおもしれえー」と思っている。学生の頃には一つも面白くなかったのにね。

そんなわけで、作中世界の相対性理論がひっくり返っていることや、時間と空間が等価というところは、昔読んだ新書を開いてみたり、ネットで色々調べたりして、比較的分かったような気になってる。まあどうせわかってないんだろうけど……。

しかしそうやって読むと、無限の速さで動くロケットに乗ったら故郷の時間が進まないから科学を進歩させてなんとかするというエウセビオの発想で「て…天才か…!?」となって、「それでクロックワーク・ロケットなの!?タイトル回収鮮やかすぎだろ!」となる。

実際、前回カルロ・ロヴェッリの「すごい物理学講義」を勧めてくれた参加者も、山が飛ぶのが印象的なシーンだったと言っていたので、この方は多分私の気持ちを理解してくれているはず!

「すごい物理学講義」買ったので、ちびちび読んでます。量子論も勉強するんだぼくは(理解するとは言ってない)

しかし、私などが勉強したところで説明するとなると全く言葉が出なくて、きちんと説明ができないのは歯がゆい限りです。くやしみ。

イーガンの信徒として、ある程度、おはなしの面白みが分かる程度の説明ができればと思うのですが……。

全然関係ないのですが、最近仕事で高校生としゃべっていて、物理学面白いという話になり、「おばさんもさあー最近物理面白いと思って、昔勉強しときゃ良かったと思ってるのよね」とか言ってたら、「今からでも遅くないですよ!」と言われました。

今からでも遅くないですかね?

 

議論が紛糾した後は、序盤から中盤にかけての、彼らの生態が徐々にわかってくるのが面白かったという意見から、ヤルダたちの生態についての話に移っていった。

解説ではヒューマノイドのイメージと書かれている方もおり、ツイッターで書かれたイラストを見せてくれる方も。

「頭なさそうじゃない?」という意見もあり、バーバパパのような姿かたちや、丸っこいのに手足が生えているのではという意見もあった。私はバーバパパ派です。

ちなみにピクシブにはクロロケのイラストはないようです。探したんだ……。

出産が死につながるというのが衝撃的だったのは、全員頷くところだったろうと思う。イーガンはそこから、この生物のジェンダーまでおはなしを持っていくからすごい。

現在の私たちのジェンダー観は哺乳類的な考え方であり、この生物の立場だったらジェンダー観はこうなるよなと思った、という意見に、みんなで頷く。

個人的には、別生命体のジェンダーを描きながら、現代社会の問題点も浮き彫りになる仕組みにしているイーガンの手腕は見事だと思います。

そしてこの生物、遺伝とかどうなってるの?老化とかあるの?という話でも議論になった。

結局交雑をしないので、クローンをたくさん作りだしているという意見に、いや男性がなんかしているのでは、いやそれは出産を誘発するだけなんじゃない?などなど。

そこから樹精は昔ヤルダ達の祖先から分かれた近親みたいな話もあり、やはり遺伝はあるのでは、という意見から、いや時々突然変異っぽいのが生まれるからそれで分かれて進化していったのでは……

ついでに、常に熱を発生させていて、空気で冷やしているという設定に対し、それなら爆発さえしなければ、自身でエネルギーを作り出せるから食料はいらないのでは、という意見もあってハッとした。

この生物、消化管しかない関係上、たんぱく質やビタミンとかはなく、小麦の光エネルギーで生きているような感じなんだよね……。

と思って、会が終わってから少し読み返したら、生命維持に栄養が必要とは書いてありましたね。一応エネルギーを発生させる源が必要のようです。

この熱発生に関して、死ぬときに爆発した祖父の印象が強いという意見も上がっていた。そして、「ロケットで爆発したら大変じゃない?」という話も。確かに!めっちゃ迷惑!この辺ってどうしてるんですかね、イーガン先生。

出産が四分裂だから、めっちゃ増えていかない?という意見も。そこに対して、でも二人は死ぬからまあ、という意見も。ここに関しては、続編を知っている人はにやりとしたんじゃなかったかな。

広い地上では増えすぎることはないけれども、さて、ロケットの中ではどうかな?

この生命体、記憶力凄い良いよね!という話にもなった。本は一応あるようだけど、基本的には胸にシンボルを描いて意思疎通をする関係上、知識は頭?に蓄えられていなければならない。

ここから外部ツールがなかったころの昔の人間も頭良かったからねえ、という話にもなり、この作品は19世紀的なアナログ社会で問題をなんとかしていくところに面白みがあるよね、という話にもなった。確かに!クロックワーク、だし!

しかしよくもまあ、こんな細かく謎生命体の生態を考えたもんだと思います。ネズミの子育てマップとか、細かいネタがいちいち面白いんだよね。興奮するとブンブンするの、単純にかわいくて好きです。

 

わかりやすいと評判高かった人間ドラマ部分に関しても、もちろん多数意見が上がった。

ベネデッタの着地失敗やニノに読み書きを教えようというシーンは、イーガンの知性に対する信頼性の高さを感じ入った人が多く、印象的なシーンとして挙がった。

ベネデッタが講演が終わったヤルダを追いかけるシーンが良かったという人もおり、そこから仲間が徐々に集まっていくシーンは私もすごく好き。

しかし、ベネデッタはすぐ死んじゃうんだよねえ……。この死のシーンでの「それでも知識があれば」というヤルダの独白が私はいつ読んでも好きだし、泣いてしまうのだ。スクショして時々読んでます。

ニノに関しては、ラスト付近で弱っているニノとヤルダに抗議するファティマに対して、私はニノは結局教育を受け付けなかったという風に読んでいたのだが、同じことの繰り返しとか気が狂うでしょという意見もあって面白かった。

確かに、ヤルダは助けたくせにアフターケアが甘すぎるきらいはあり、そりゃファティマも怒るわ、という気にもなる。一番身近なサーガを使えば色々な物事に興味を持ってくれるんではという考え方は、単純に教育方法として浅すぎる。

まあヤルダは牢獄で一人で世界の真理に辿り着いた人だからなあ……。ちょっとニノにも期待してて、でもダメだった……、と私は読んでしまうんだよなあ。

私としては、自分の教育を理解してくれなかったニノに、それでも未来を託すという部分で切なる願いを感じてウウ…ヤルダ…となっていたのだけど、ニノを選ぶことで、女性が男性を選択するという前例を作り、政治的にうまくやったと捉えている人もいて、目から鱗だった。

トゥリアまわりの話が印象に残っている人も多かった。

体が勝手に自己分裂してしまうという部分が悲しくて印象に残っているという意見もあったし、単者クラブの女たちで子育て編が面白かったという意見もあった。子供が全然かわいくないという話で笑ってしまった。あまりにかわいくない。

今作は百合SFといわれるが、百合じゃないと思うんだけど…、という意見も。

百合に見えないというのは、おそらく関係性というより個人の生き方や選択をメインで描いているからだろう、と私は思う。

ヤルダの中に、トゥリアへの思いはあれど、トゥリアに依存した考え方はあまり描かれないので、あまり恋愛っぽい感じにならないのではないか。

イーガン作品は、やはり高潔に自由意思を求め続けるというのが一つ軸としてあるよね、とも話し合った。今作では出産で個人の自由が奪われる苦しみを描き、時間と空間が等価な世界で個人の意志や選択について考えを巡らせている。

ジェンダーの話だと思って読んでいたが、読み返したら個々の自由の在り方を描いているのだと気づいた」と語る方もいて、ほんとにそうよね、と思う。

まあでも私は百合だと思うけどね!自分の子どもにトゥリアって名前つけるあたりとか、自分のかたわらを歩いているトゥリアを思い描いていたとか……。

イーガンの他の作品と違って、あからさまに嫌な奴が出てくる、というところも話に上がった。より人間社会っぽい感じになっている、という指摘も。

この辺りは、イーガンの難民問題への取り組みから人間観が深まったのではないかという指摘があり、これは私もそう思う。

初期イーガンは田舎のおばちゃんも理性的だったりするし、知性の低さと宗教的なものを組み合わせて描きがちな感じがあり、それが今作に至り、かなり現実的な人物描写に落とし込んでいる感じ。

イーガン自身の経験(それが挫折なのか、成功だったのかわからないが)が生きてきて、より真に迫った描写が描けるようになったというのもあるのだろう。

イーガンの目線が人間社会に降りてきたという意見もあり、ちょっと苦笑してしまった。まあ、頭のいい人はまわりも頭がいいと思いがちだからね。

 

相変わらず報告なのに長くなってしまいましたが、もっと書きたいことがあるくらい、今回も色々な議論が展開されました。2時間じゃ足りない!

大好きな作品に、賛も否?も含め、たくさんの意見が交わされたのは嬉しいことです。読み直してもう一回くらいやりたいですね。

今後はとりあえず、継続して「エターナル・フレイム」「アロウズ・オブ・タイム」と進んでいく予定です。難しいけど、私も可能な限り勉強しながらやっていきたいと思いますので、頑張って彼らの旅の終わりを見届けましょう。

今回参加できなかったという方も、続編から読むのは全くお勧めしませんので、良かったら今作も一緒に読んだ上でご参加ください。初めましての方も大歓迎です!

と、その前に、SFマガジン12月号にイーガンの新作短編が公開され、年末年始もやってくるというわけで、新春特別編をやろうということになりました。

来る2024年1月7日(日)15時から、SFマガジン12月号の「堅実性」について語り合えたらなと思います。

日程が急なので、集まれるメンバーでまったりイーガンの面白さについて語れたらと思います。さほど長い作品ではないですが、イーガンの良さが詰まっている短編ですので、年末年始にサクッと読んで、ぜひご参加ください!参加しなくても読んでください。

新春特別編を経てから、正式な次回、栄えある10回目の読書会は4月ごろ!課題本は「エターナル・フレイム」です。まだ先ですが、こちらもよろしくお願いします!

今回ご参加いただいた方々、本当にありがとうございました!特別編含め、次回以降も、どうぞよろしくお願いします。