直交三部作は1部が大学生編、2部が大学院デビュー編、3部が最新の物理学者編と言われているらしい。
というわけで、今回の課題本「エターナル・フレイム」は大学院生レベルの知識がないと理解はできないとのこと。
いや、わかるところだけわかればいいのよ!といつもイーガン作品を色んな人に勧めている主催(大学院どころか大学レベルの知識もない)なわけだけど、さすがに今回は本当に難易度が高いようだった。
まさかの初読の参加者、全滅である。
会の開催1週間前からして、次々と聞こえてくる挫折に、不参加表明……。山岸先生とハヤカワ書房さんにリポストしてもらい、参加者を募っていたのだが、リポスト先で「(挫折者が多いなんて)イーガンらしいね」と言われてしまう始末。
そして会が始まる1時間前に聞こえる悲鳴……「読み終わらない」
そんなわけで始まったイーガン読書会、記念すべき第10回目!(特別編を除く)
集まったのは再読のイーガン精鋭オタク5人(主催含む)と、読み終えられなかったけど話を聞きに来てくれた諸読の2人!ありがとう!!
基本的に課題本の読破が参加に必須ということにしていますが、これは主催が以前読書会で全く読んでいないのに来て関係ない話をする人に出会ったトラウマが若干あるためなので、イーガンの話したいよ!っていう方は読み切れなかった方も大歓迎ですマジで。
ネタバレOKだよお話聞きたいよ、という方がいれば適宜対応します。ネタバレを聞いてからの方が楽しく読める場合もあると思うしね。
次回のアロウズ・オブ・タイムもかなり難易度が上がると思うので、もし挫折したけど気になるという方などいれば、連絡ください。
さてこの「エターナル・フレイム」、大学院生並みの知識がないと理解できない、イコール面白くない、というわけでは全然ない。
やはり初読は大量の図と方程式の渦に飲まれ、できる限り理解しようとしたが分からない!となってしまう。再読の精鋭陣も、読み終えるのに1年かかった!という方も。
しかしそんなハードSF部分だけが本作の肝ではなく、それと同じくらい比重の大きなテーマとしてジェンダー問題や、女性と出産についてがある。
直交三部作はそもそも女性人気がかなり高いという。主催もジェンダー部分の話だけでも読むべき!という意見を多く見た。
それはこのテーマが非常に面白く、カタルシスたっぷりに語られているからだろう。そして、この「エターナル・フレイム」でその問題は一つの解決を見るのである。
個性的なキャラがそれぞれの思想や選択を語るヒューマンドラマ的な面白さも十分にあり、また、物理学のことはわからないとしても量子力学の発見と実験の過程の感動は追体験できるし、理解できる。
孤絶は科学者にとってのユートピア。クロックワーク・ロケットのころは、腐敗したアカデミズムを見せつけられて腹が立つ読者も多かったかと思うが、それが今回報われている。
クロロケと今作の教師と学生と対比して読むととても気持ちよいのでお勧め!
世間一般でSFに求める物が詰まっているという参加者も。エネルギー問題の解決!科学的ロマンと勝利!難解な物理学!(これは求めてないと突っ込みも入った)
そんなわけで、今作は物理学がわからなくてもおはなしとしては理解しやすく、うまくバランスが取れているという意見も多かった。イーガン小説上手くなったという、あたらしイーガンでは定番の意見ももちろん出た。
私はイーガンは、「キューティ」のころから小説が上手いと思うけれども、直交三部作は特にキャラクターの描き方が秀逸だなと思う。行動一つ一つに個性があり、納得感がある。
イーガンのおはなしは、テクノロジーで問題を解決する!という所で終わらず、最後の最後は個人の考えや選択に収束するというのが、とても良いよね。
さて、やはり会の中でも盛り上がったのは、ジェンダーと出産の話について。
ある参加者は、女性が死なずに出産できる方法が見つかった際の男性側の狼狽を見て、選択的夫婦別姓問題を思い出したと語っていた。
選択肢が増えるだけなのに、何故こんなにも拒絶するのか?それ一つ認めるだけで、救われる人がいるというのに、という話を聞き、確かにその通りだと思った。
今作は前作に比べてジェンダー色が強く表れており、タマラがブユに乗ることを家族に許されず、双に出産を迫られるシーンなどは、現実の女性問題を盛り込んでいると感じざるを得ない。私はこのシーン、あんまりにも恐ろしくておぞましくて、kindle投げるかと思った。
そのような女性と男性それぞれの双に対する悩みや思想、解決策などを経ての、「それはわたしが子どもをひとり産んで、生き続けられるということですか?」というパトリジアのセリフは、単にこの世界での一問題が解決した以上のカタルシスがあるように思う。私なんかは未だに涙ぐんでしまう。
女性にとって、妊娠・出産というのは、身体的・精神的に大ダメージを負う。時には死の危険すらある。死までいかずとも、人生を左右する大病に掛かったり、一生、障害や後遺症が残るリスクだってある。
キャリアが途切れてしまうことで、社会的に死ぬ人だっている。家族の関係が崩壊することもある。〇〇の母となることで、自身のアイデンティティを失ってしまう人も多い。
死が怖いのと同じように、私は出産があまりにも怖い。
だから、今作で解決策が提示されたとき、テクノロジーがとても進歩したら私のような人も子どもを産めるようになるんだよ、私が持つ恐怖は克服できるのだよ、と言われたような気がして、なんだかすごく救われたような気持ちになったのである。
この辺りは、実はもう少し具体的に話したのだけど、ちょっとセンシティブな話題なのでまとめでは控えておく。
ただ、男性陣にとっては中々得難い価値観のようだったので(私にとってそれは割と驚きだった)、色々と話が出来て良かったと思います。
対して、男性の立場から双という存在についての話が上がり、パートナーに対する関心の深さが描かれているのが良いという意見も面白かった。
女性の問題に対して、他人事でないと感じられる良さという話を聞き、こちらのほうは女性には得難い価値観だなあと思う。
女性問題の話をする時、男性は関心がないことを前提に語られることが多いように思う。そういう意味で今作は、自身の半身としての双の問題なので、男性側もいつだって必死なのだ。
特に、カルロはショックと不安を抱えながらも双の選択に寄り添い続ける、非常に理想的なパートナーとして描かれていたしね。
カルロで始まって、カルロで終わり、いちばん主人公らしいという意見もあり、ジェンダーに焦点を当てた作品でありつつ、かなりの部分を男性側の視点が占めているというのも、フラットな価値観を描き続けるイーガンらしさが出ていた部分かもしれない。
ついでに、テクノロジーが発達しても残る社会問題を、更なるテクノロジーで解決しようとするイーガンの覚悟みたいなものも、やっぱり良いよね!という話になった。
政治や社会システムじゃなく、あくまでテクノロジー!人間(じゃないけど)はテクノロジーでなんだってできるんだという希望。
果たしてそればっかりでいいのか?という突っ込みも、こんなに考え尽くされていればいけそうだな…という説得力の強さも、イーガン作品の魅力ですね。
アロウズ・オブ・タイムはさらにその価値観が強化される最高の希望に満ち溢れたSFなので、今から再読するのがとても楽しみ!もっと読んでくれる人が増えるといいのにな。
ジェンダーの話から、ラストシーンの解釈についての話にもなった。
参加者の一人は、せっかく出産がなくなったのに、カルラがあえて従来の出産を選択することにもやもやしたとのこと。その方は、出産をこの世界の理不尽さが集約されたものとして読んでいたよう。
私は、このラストを、「鰐乗り」で描かれた、死なない世界でいかに死ぬか?というテーマに重ね合わせて読んだ。
カルラは自分の人生で最上の瞬間が今まさに訪れ、ここで人生を終わらせるのがベストであることを悟ったのだと思う。
また、ここで完全に一児出産の選択しか取れなくなってしまうことは、男たちが一児出産を拒絶して争いになった状況と同じになってしまう、という気もする。
あらゆる個人のあらゆる選択が尊重されるイーガンの倫理観には、毎度のことだが頭が下がる思いです。
ラストシーンでは、カルラ以外にも、アーダは双と娘、パトリジアは娘と二人でいる、という選択肢の広さが提示されているとの指摘もあり、本当に細かいところまで配慮が行き届いていると感心。
政治的にも、1児出産を発明したカルロが双と従来の出産を選ぶことは意義があると話してくれた方もおり、確かにそうだ!と思った。
また、このラスト、物語的に非常に綺麗な終わり方だった、と話してくれた方もいた。
今読み直してみても、非常にロマンチックで、美しい終わり方である。
どうなったかの結果は書かず、しかし、ここまでのおはなしを読み、カルロというキャラクターを知り尽くした読者には、カルロがカルラの選択を尊重したことは明白だとわかる。
そしてこのラスト、生まれたのは4児なのか?2児なのか?が気になったという方がいて、その方としては、カルロの節食が2児出産に繋がったのでは?と考えたとのことだった。
今となっては2児出産の研究は無意味となってしまったが、本来は2児出産を安定化させるための研究を行っていたし、樹精の雄の栄養状態の影響を研究するという話も出ていた。
そしてカルロは、ラスト、もう必要とは思えない節食を行っている。実はカルロ自身もカルラの選択を想定し、しかし4児出産になれば育てていけないため、密かに準備をおこなっていたのでは?
意図してここまで細かく描かれていたのかと思うと、そのあまりの緻密さに舌を巻いてしまう。
そう、何回も言うけど、イーガンは小説が上手いのですよ!だから読んでいて面白いのです!
テーマやおはなしの面白さ以外にも、今回は大学院レベルの知識を持った理系の方にいらっしゃっていただいたので、直交世界について、一般レベルでわかる程度の話をしてもらいました。
その方は化学系の方なのだけど、前作で水がない世界というところにかなりの引っ掛かりを覚えたらしい。
水がないというのは電磁力がないということ。このプラスマイナスの力のバランスによって、液体や固体が存在するため、いやこんな世界存在しようがないのでは?と感じたのだそうだ。
化学の常識が全くない世界で、これってどういうこと?という疑問に、今作は見事に説明を付けてくれている。
つまり、スピンの相互作用で世界が作られているのだ!ということである。電磁力が存在しないことから、我々の世界にもあるスピンの力が表に出てくるようになった、ということのよう。
この世界は実はデジタルな世界!とかいうのではなく、しっかりと存在しうる世界なのだということが示されている。
まあ、デジタル世界の生命については、イーガン結構書いてるから、そっちが書きたいならそういう風に書くわな、という感じではある。
正直、説明を聞いてもそんなにわかんないんだけれども、イーガンの描きたい世界について、科学者しか分からない領域を少し覗き見た気がしてとてもワクワクした。と同時に、こんなの私の頭では永遠にわからんのじゃ……と悔しくもなる。
理解は無理だけど、やっぱりイーガン読んじゃうんだよなー!と言っている方もいて、まじでそれな!と思います。
しかしこんな説明をしてくれる方も、「アロウズ・オブ・タイムは僕もわかんないです」とのことだったため、みんなで安心した。
本職もわからんのに一般人がわかるわけないので、まだ読んでいないひとたちも、安心して読もうな!!
いやあ、今回も楽しく、色々な視点から議論が出来てとても楽しかった。
自分にはない視点や解釈を聞くたび、イーガン作品に対する愛と尊敬が深まりますね!
ただ、今回、初読で読了できた人がいなかったのは、少し残念だったかな、とは思ってて……。
いやーもう少し早くから宣伝したり、面白さを伝えたりしたら違っていたのだろうか、と今更後悔。1週間前にいっぱいリポストされたけど、ちょっと遅かったんだよなあ……。
イーガンの話ができる場所が他にない、直交やっているところがない、という声も聞くので、また機会があったら新規読者を獲得し、読み終えられるよう早くから応援し、もう一回やりたいよね。
まあ、私は何回でも読むし何回でも喋るし何回でもまとめ書くので、興味がある方はほんとうにお気軽に声かけていただきたいものです。
こんな中でも、頑張って読んでいただいた初読の方たち、挫折した方も含め、ありがとうございました!あとは読み切るだけなので、頑張ってください。挫折した方も何年かして再挑戦してください。
次回は、とうとう直交三部作のフィナーレ!「アロウズ・オブ・タイム」!
一応予定としては、8月4日(日)15時からを考えています。
期間がそこそこ空くので、今回読み切れなかった方も、挫折した方も、もう一回挑戦してくれると、とても嬉しいです。
冒頭で書いたように、読み切れなかった方でも、ネタバレでいいから聞きたい!と思っていただければ参加OK!
また、GWに入るということで、GW特別編として、短編集「祈りの海」から、三篇「貸金庫」「ぼくになることを」「祈りの海」を課題作として、読書会を開催したいと思います!
日時は、5月5日(日)のこどもの日。いつもどおり15時から行います。近くなったらX(@egandokusyokai)のほうでツイプラを投稿するので、そちらに参加表明をお願いします。
GWにじっくりイーガンを読もう!という方も、GWなんかないけどイーガンを読みたい!という方も、どしどしご参加お待ちしています。
「祈りの海」は全編名作であり、課題作にしていない作品も語りたくなっちゃうと思うので、時間があったら課題作以外も読んでね!
では、今回ご参加いただいた方々、参加できなかったけど読もうとしてくださった方々、ありがとうございました。特別編も次回のフィナーレも、楽しみにしています。ぜひよろしくおねがいします。