「アフター・ゼロ」の星雲賞受賞おめでとうございます!令和になってもイーガンの人気は衰えず!ファン層もますます厚くなりそうですね。若い人にも届け〜〜〜
大分までは行けませんが、遠い地から祝杯を挙げるつもりです。
そして、「アフター・ゼロ」の入った短編集および前日譚の「ZERO FOR CONDUCT」の翻訳が読めることを心より楽しみにしています。
この読書会も細く長く続けていきたいですね。参加者の方々どうぞよろしくお願いします。山岸先生もいつも気にかけていただきありがとうございます。
辛いことも多い現在ですが、楽しめるときは存分に楽しんでいきましょうね!
というわけで今回の課題作は、「ひとりっ子」の中から、表題作と「ふたりの距離」。
「アフター・ゼロ」とは打って変わって、こちらはかなり古い作品。「ふたりの距離」なんかは1992年。主催がまだよちよちしていたころの作品だと思うと、驚きを禁じ得ない。
参加者は主催を入れて8名。初参加の方も2名いてありがたいかぎりです!
初読3名、再読5名。ちなみに主催は「ひとりっ子」のみ初読(結構前に挫折し、最近は読書会でやるからいいやと止めていた)
なぜ読まなかったのか?と自分でも不思議だったのだけど、今回読んで理由が分かった。「オラクル」がわかんなさすぎて、関連あるらしい「ひとりっ子」を読まずに止めてしまったのであった。
しかしその意味不明な「オラクル」も、生ネズミと機械ネズミが一緒に乳を吸っている光景だけは衝撃で覚えていたので、やっぱりイーガンはスゴイ。
再読者の中には「ディアスポラ」がめちゃくちゃ面白くて、期待して手に取った「ひとりっ子」が意味わからな過ぎてショックを受けたという方もいて、やっぱりかなりハード目の短編集なんだなと実感。
ただ、昨今chatGPTの台頭から、AIが非常に身近になったので、「ひとりっ子」も「オラクル」もかなり理解しやすくなったと思う。なんなら、チューリングテストなんかもう今のAIはクリアしちゃうよね、という現実がSFを追い越しているという意見もあった。
今回は「オラクル」は課題作にしなかったのだけど、セットで読んで完成する作品だと思うので、「オラクル」の段階で挫折しそうな主催みたいな人は「ひとりっ子」読んでから戻ってみてほしい。
「ふたりの距離」のほうは、主催もともと好きな短編なのでチョイス。とっつきやすいし読みやすいよねって思ってたら、案外ピンと来ない人が多くて驚いてしまった。ただ、とても好きって人もいたので安心。半々ぐらいだったかな?
読書会はそういうことがあるから面白いのよね。「クライシス・アクターズ」の時も面白かったし……。
一人で読んでいると、自分の感覚が全部だと思ってしまうので、集まって話すと色々知ることができていいよね。誤読に気づけたりするし、アウトプットすることで自分の考えもまとまるし。
そんなわけで、かなり評価にばらつきがあった「ふたりの距離」。
恋愛小説として非常に秀逸、好きという意見もありつつ、何がやりたいかよくわからなかったという意見もあり……。
主催は初読みのとき、自分がずっと考えていたことの答えをくれたぜと思って沸いていたので、てっきりみんなそうだと思っていた。
ただ、ここまで一つになったら墓までもっていきたいことも知られてしまって困るという意見もあって、自分をかえりみつつ、まあそれはそうかもしらん……とは思う。
夫婦は知れば知るほど、嫌になる。という名言を教えてくれる方もおり……。
いやでもそういう全てを肯定してこその真の愛では……?という潔癖な強迫観念が出てきてしまう人は割といると思うんだよなー中二病なだけなのかな。
それはともかく、ピンと来ないながらも、思考実験として面白いという意見はみんな一致していたと思う。もしも肉体の交換がカジュアルに可能な世界なら?他者の記憶にまでもアクセス可能になった時、人格はどうなるのか?
「宝石」という「ぼくになることを」「ボーダーガード」でも使われているガジェットをうまく盛り込み、一見ファンタジーでロマンティックなネタに、絶望的なリアリティが加味されているのも良い。
「エキストラ」に出てくるクローン人間の倫理問題が、脳死で解決させているところも面白いところ。
相手の体に入ったら自分を見ていなければならずつらかったという下りが面白かったという方も。この後の下りで、シーアンが自分も相手も同じ顔で気が狂いそうになってるのも面白いよね。
体と心が入れ替わるネタ自体はかなり色々なところで目にすると思うんだけれども、自分の顔ばっか見てないで相手に会いたい、という嘆きは見たことない気がする。
主催としては、好きな相手の考えや行動を体験したい、けれども自分はどこか遠くで神として見守りたい、というのを結構考えるので、この体の置換をしてもなんか上手くいかない感はめちゃくちゃ面白いんだよね。
そこから、物理的に一体化したら結局新しい自分が二人できてしまったというオチも、なんとも物悲しくて良い。
リスクの削減を図ったら不確実性という旨みがなくなってしまったという話にもなり、結局人間は永遠に理解できない他者だからこそ求めるのだわ……と染み入る。
「一人きりで永遠を生きたいとは思わない」という言葉が冒頭とラストで意味合いが変わってくるのもシビれる。この一文があることで小説としての完成度がグッと上がっているよね。
オチに対して、イーガンはメタ自我を許さないんだなという意見があったのも面白かった。たしかに「宝石」万能そうなので、記憶を保持したまま統合人格・シーアン人格・わたし人格に分裂するというオチもあったのかなと思うんだけど、そこまで簡単にはいかないよってことなのかも。
今は別れてしまったけれども、今後また別の人格に分化していくため、また恋人になれるのではないかという意見も頷かされた。
そういう長編があっても良い……と思ったけど、かつて自分だった人と恋愛をするか?と言われると微妙なところだなあ。過去の自分を抱けるかっていうと、ぼかァちょっと無理かも……。
関連作品としては、同じイーガンの短編から「祈りの海」、アンディ・ウィアーの「エッグ」、サカナクションの「いらない」が挙がった。
「祈りの海」は性行為で性器を入れ替える衝撃シーンの話が挙がり、記憶媒体をロボットとかに入れる話は多いけど、他者と入れ替える話は少ないねという話に。
「エッグ」は読めば意味がわかるので、ぜひ皆さんに読んでほしい。有志の日本語訳もネットにあるので。
「いらない」もぜひMV込みで見てほしい。めちゃくちゃ「ふたりの距離」の内容を端的に表わしているので……。主催も見てびっくりしました。MV作った人は読んでるだろ。
「ひとりっ子」についても、主人公がクレイジー過ぎて感情移入できないという声がありつつ、山あり谷ありで娘が自立するストーリーとしての完成度を高く評価する声もあり、評価はバラバラだった。
主人公のクレイジーさというのは、当然、自分がたくさん分岐することを許せない強迫的なこだわりのことである。割とすんなり腑に落ちる人もいれば、なぜそこにこだわるのか……?となる人もいた様子。
ここに関しては、自分が決断をして良い方向に進んだ(男性を助けに行くことで、嫁もできて人生も上手くいった)ことに価値があったと思いたいという話が挙がり、なるほどという声も上がっていた。
まあ、主人公の真のクレイジーさは、その自分の強迫観念に対して、娘が単一の人生を送れるのであれば幸せなはずだという思い込み、それでほんとにクァスプを作っちゃうことにあるような気もするんだけどね。
ちなみに、クァスプを作ってヘレンを生み出す主人公は無数に存在するはずだが、ヘレンの単一さはどうなってしまうのか、という話もあり、怖い話だ……となった。
親子上手くいかない話としては、そのまま「ゼンデギ」に引き継がれている。
結局のところ自分の最良・最善をただ子どもに押し付けたって上手くいかない、というところが、本作でも「ゼンデギ」でも、余すところなく描かれている。
上手くいかない、といえば、作中フランシーンの視点が皆無で主人公がひたすら独りよがりになっているという指摘も。
フランシーンは多世界解釈の話で絶対に流産しなかった自分を思い描いたよね、という痛烈に切ない話も挙がった。苦しすぎる。もっと妻の傷つきを癒してやってくれよと思わざるを得ない。1ヶ月くらい休み取って旅行とか行ってほしい。
ただ、これは主人公が独りよがりなだけであって、作者の独りよがりなわけではない。
フランシーンが傷ついて苦しんでいる描写が直接描かれるわけではないが、ところどころ、主人公の行動への抵抗感を示すシーンがちゃんと引っ掛かりとして描かれている。
いやあイーガン小説上手いなあと思ってこの辺語っていたんだけど、後から考えると、このフランシーンとの絶妙なすれ違いを書くことで、その後のヘレンとの大きな断絶が自然に映るようになっているのかもしれない。
フランシーンとはコンセンサスが取れているよね、と読む方もおり、実際それはその通りだと思う。ただ、納得する自分でいたいから納得するみたいな、主人公が最後に入れてる〈支援者〉のやることをセルフでやっているような感じがする……。
聡明で主人公を心から愛しているフランシーンだったからこそ、なんとか破綻せずにいられたのじゃないかと思う。
それを生まれて間もない娘に押し付けたら、まあ上手くいかないわな。ラストで仲直り出来てほんとうに良かったよね。
イーガン作品の夫婦、上手くいかなかったり死別してたりも多い中、かなり頑張っているよねという意見も。
そういえば、「鰐乗り」も割と夫婦上手くいってない?という話をされて、個人的にはあのラストは夫婦がすれ違う前兆だと思って読んでいたので、アッここでも感覚の違いが!となったりした。
結構夫婦とか恋愛に対して、割と潔癖なところがある主催です。「シルトの梯子」も、愛とは思うけど、別離だとも思っているよ。
「ひとりっ子」自体ではクァスプの意味はあまりなく、「オラクル」があって一つのストーリーになるという意見もあり、今となってはそれな~~と思う。
「オラクル」で挫折したら、一旦「ひとりっ子」を読んでから戻るとまだ理解しやすいのかも……。
「オラクル」を書いた時点で、ヘレンがシングルトンであるという構想があったかどうかは気になるところ。ヘレンというスーパーヒロインを成立させるために考えたのかな?
多世界解釈といえば、色んな作品があるけど面白いのある?ということで出てきたものとしては、ジェイムズ・P・ホーガン「量子宇宙干渉器」「プロテウス・オペレーション」、伴名練「なめらかな世界と、その敵」、乙野四方字「僕が愛したすべての君へ/君を愛したひとりの僕へ」、映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」、ゲーム「Alters」が挙がった。
選択の価値、という点では、エブエブは価値のない自分をどう肯定するかという話なので、割と「ひとりっ子」で描かれるこだわりとは対極にあるので、色んな人に見てほしいなと思う。
なめ敵は持っていたので読み返してみたけど、これも決断の価値という点では、かなり似たテーマを扱っている。まあ伴名先生は当然イーガンは読了済でしょうね。
「Alters」は比較的新しめのゲームで、色々分岐した自分と協力したり争ったりするみたいで面白そう。話を聞いていて、自分のクローンと一緒に星を支配した人の話がなかったっけと思い出した。たぶん「ミッキー7」だったと思う。これは多世界解釈じゃなくて普通にクローンなんだけどね。
僕が愛した~とホーガンは噂は知っていても全然読めてないので今度読みます!(こうして積み本が増えていく)
それにしても、イーガン先生の小説の上手さはいつ読んでも感服させられる。短編は特に。
「ひとりっ子」はハードな短編集ではあるけど、自他の境界はどこにあるのか?や自分の考えているプロセスはどんなものか?という哲学的な問いに対して、科学を用いて着地点を描き出すのが、すごく面白い。
イーガン作品は利他性がベースにあるので面白いという話も挙がった。
この辺は主催が一番惹かれている部分でもあるんだけど、イーガン先生の描く人間は、環境や状況が許すなら人に対して良いことをしたいっていうのがあると思うんだよね。
先生自身がそういうタイプの人間なんだろうと思う。
ただ、その何か正しい、良いことをしたいというところが、科学によって突き詰められていくというのが最大の面白ポイントなんだよなあ。
小説なんだから正しくて優しい理想のまま終わればいいのに、現実とすり合わせようとするから上手くいかない。それをストーリーとして出してくる。
ということで、次回は親子(父親)上手くいかない決定版「ゼンデギ」にすることにしました!
実は仕事関係で忙しくて、読書会1回休みにしとこうかなあと悩んでいたのですが、気がついたら「ゼンデギ」やろうぜって言ってました。やるからにはキッチリ読みます。研修頑張りながら……ヒィ。
イーガンのイチオシ長編を選べと言われたらこれか直交三部作かなと思っています。ちなみにイチオシ短編は圧倒的に「キューティ」です(過激派)。
世界情勢的としても、今読んでおいて損はないのかな……と思ったりします。将来はまた別の感覚で読むことになるかもしれませんしね。
日時は、何事も無ければ9月6日(日)15時からの予定です。イーガン入門作品としてもお勧めなので、長編初めて読むという方にもオススメです、たぶん……(だんだん自分の感覚が信じられなくなっている)
参加者については、大体1ヶ月前くらいにXのアカウントで募集していますので、ご興味ある方はぜひチェックしてみてください!
お気軽にリプライとかDMくださっても構いません。だいたい当日中には返答します。
では、今回ご参加いただいた方々、改めてありがとうございました!今後ともよろしくおねがいします!






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