屋外を自転車で爆走する仕事をしているので、最近の長雨はちょっとばかりこたえている主催です。
みなさまも体調を崩さぬようご自愛ください。
美味しいものを食べ、よく眠り、イーガンを読みましょう!
いつも読書会に来てくださっている方々、お知らせを拡散いただいている方々(いつでも来てね!)、そして山岸先生、いつもほんとうに感謝です。
というわけで、今回の課題本は「ゼンデギ」。
今こそイランが舞台の文学を読むと何かわかるんじゃないか?というのもあり、課題本に選んでみた。
のだけれども、昨今の不穏なニュースを想起させるからか、イーガンにしては評判がいまいちだからか、集まったのは主催入れて3人の既読組。
以前にクローズドで実施した読書会でも、コレジャナイかもと言われがちだった。
そんなことないのになあ…と思いつつ、確かに派手なセンスオブワンダーはなく、どちらかという地味な作品というのは渋々認めるところ。
まあ、単に主催の人を集める力が不足しているだけの部分もあるかとは思う。そこに関しては色々なところに申し訳ない気持ちはある。愛しかないので…。
別に読書会に人をたくさん集めるのが目的な訳ではないんだけど、イーガンの布教がしたいので、広く届いて欲しいとは願っている。
ちなみに、来てくれたのは馴染みのメンツで、発言に気を遣うこともなく大変盛り上がり、主催個人としてはとても楽しい回だった。
主催の満足感だけで言うなら大成功と思っています。ありがとうございました。
もちろん良い作品だから盛り上がったというのも多分にある。今になって読み返して腑に落ちることが多い、という話も挙がった。
単に、昨今のニュースでイランという国について知る機会が多いということだけではなく、主人公マーティンの身に降りかかることは、今の日本社会を見ているからこそ肌で理解できる部分が多くあるからだ。
サイドローディングなどの技術部分についても、AIが身近になかった頃より、最近のAI知識を持って見ることでより分かりやすく、現実感を伴って見えてくる。
もしこの報告を見て、ゼンデギって面白くないとか聞いてたけど、そんなことなくない?と思って頂ける方がいたなら幸いである。何かと力及ばずな主催ではあるけど、細々と布教を続けていこうと思う。
って言っても、1部はやっぱりとっつきづらいんだよね。
イランの政治体制についてある程度知識を入れてないと、なかなかキツイ。
しかし、今回来てくれた二人はとても優秀で、イランについてそれぞれ下調べをしてきていた。主催は用語をchatGPTに聞くくらいしか調べていなかったため、「ほえ~」と感心するばかり。
紹介していただいた副読本(動画)としては、「イランの地下世界」と「ユーテラ授業チャンネル」の「イラン史(古代から現代まで)」。
民族や文化の話は火種になっても嫌なので避けるが、ペルシャ系とアラブ系の違いであったり、政治の変化であったりを学ぶことで、1部で描かれているイランの姿はより立体的に映るはずだ。
今でこそ、戦場となってしまい、「ゼンデギ」が描いた未来とは180度違ってしまっているが、「高い城の男」などの歴史ifものとして捉えると、より趣深い。
今のイランで「シャーナーメ」が大人気らしいことや、2023年のデモで「ザン、ゼンデギ、アザディ」がスローガンになったことなども、時代を経て本書と現実が繋がった感じがある。
それにしても、「シャーナーメ」は、「ゼンデギ」が無かったら知る機会がなかったと思う。
…んだけど、よく考えたらFGO でも真・女神転生でも、触れる機会はあったんだよね。完全にスルーしていた。
そう考えると作中のゲームが面白いかどうかはともかく、「シャーナーメ」をわかりやすく取り入れて、だいたいの読者に面白いと思わせるイーガンの手腕はすごい。
ちなみに、私は見られていないんだけど、目下アニメが大人気放映中の「天幕のジャードゥーガル」の主人公ファーティマもイラン出身。
舞台はほぼモンゴルなものの、主人公のルーツを知るのはとても大事なことである。
そこからイラン繋がりで「ゼンデギ」にも手を出してくれませんかね?
イランを知らなければぜんぜん楽しくない、というわけでは決してない。
むしろ、2部は今の日本が直面している問題でもあるし、それは日本に限った話でもないだろう。
今や、街を歩いて外国人に行き合わない日はない。コンビニ、ショッピングモール、レストラン、外国人店員が一人もいない場所はもうほとんどないだろう。私もとてもお世話になっている。
観光地は外国人が多すぎて大道芸人も英語という話も挙がった。
「ゼンデギ」が出版された当初は、外国人は観光地で見るくらいだったはず。どんな読者にとってもマーティンのオマールへの苦悩はなんとなく遠いものだったのだ。
私も何回も読み直している作品だが、マーティンの身の上が真に迫ってきたのは、今回が初めてだったように思う。
異国の地でマーティンは常にお客様であり、彼のアイデンティティは常に揺れ動いている。
学校で宗教を問われて無宗教だと言い張ったり、病院で観光客じゃない、妻はイラン人だと怒ったりするシーンは、彼の不安を如実に表している。
イラン人がアフガニスタン人に抱く差別を嫌悪し、恩人であり友人であるオマールのことを信じ切ることができない。
イランで生きていくことを選び、住民として胸を張りたい気持ちがある、しかし自分はイラン人ではないという強烈な自覚もあり、そのうえイラン人に対する消すことのできない差別がある。
マーティンがサイドローディングに賭けたというのは、単に息子の将来への心配や、自分が消える恐怖だけではなく、死を間際にして、自身のアイデンティティの確立を何かに求めたかったからだと読める。
コレジャナイ、なんてことはない。イーガンは初期からずっと書いてきたアイデンティティ問題を、「ゼンデギ」でもちゃんと書いているのだ。
帰結としては決してぶっ飛んだ面白さがあるわけではないが、マーティンは彼にしか選べない選択をし、失敗したかもしれないが、かけがえのない彼という人格を最終的に得たと言って良いと思う。
そうやって見ると、マーティンとオマールの最後の話し合いは、あたたかいのにとてもせつない。今の日本で生きる私たちには、オマールの気持ちもわかってしまうからだ。
オマールの発言は、外国人問題を語るときの日本人の姿と重なる。つい最近、似たような会話を何度も目にした。悪いのは犯罪者であって、外国人ではない……。
私たちは、16年かけて、やっと「ゼンデギ」を読む下地ができたのだ。だから今こそ読むべき!と切に思う。
それ以外にも、本書で描かれる、脳マッピングを用いた人工知能の作成や、AI神が理想の世を築いてもらうという思想も、AIが発展してきた今だからこそ楽しめる。
ナシムやキャプランは後者を切り捨ててしまうが、今のAIを考えると、意外と信じたくなってしまう考えじゃないか?と話題になった。
AI研究では実際に人間の脳を参考にする研究者とそうでない研究者で割と対立もあるらしく、面白い。どっちも頑張ってほしい。
また、AIに職を奪われることについても大きな問題として本作で描かれており、最終的にナシムの心を挫く一因にもなっている。
参加者の一人もかなり切実な問題と話していたし、私も他人事ではない。まあ、まだ人件費の方が安いから今のところは大丈夫そうだけれども。
しかし、昨今の状況だと、もう人間は人間である以外の価値がなくなりそうな怖さがあるよね……と思っていたら、AIが全人類を滅ぼす可能性が10%以上という記事が出てきて、ヒョエッとなりました。いやそれなら神になってくれよ。
サイドローディングについては、やっぱりサイドだけだとダメだよね、という話に。
マーティンは自分の教育的に良い部分だけを切り取ってアップロードしようとしたが、結局それは失敗だった。
ここへ来て、人間のアイデンティティはほんのわずかな細部に宿る、という話もでてきている。
彼自身が、小学生の息子には教育できるが、成長した息子に対応できる部分を持っていなかったというのも影響していただろうと思う。
本来子育ては、子どもだけでなく、親も一緒に成長していくはずで、成長過程に合わせて教育や対応を試行錯誤していくものである。
サイドロードの人格には成長がなく、変わることができない。現れては消されるだけの幽霊みたいな存在。
不死にしてはあまりにもお粗末な不死なのである。
マーティンが、自分のサイドロードを目の当たりにして、それは自分でもないことを知り、そして、自分はもう死ぬのだという限界を痛感せざるを得なくなったのだと思う。
不死については、最近話題の「ちいかわ」(映画版)の話にもなり、結局「檻に入れて、なんかずっと暗いとこ」にいる不死なんか何の意味もないよね、という話もした。
最近海外の人の価値観を話す動画を見ていて、日本の文化を知って死が少し怖くなくなったという話が面白くて、海外では死の恐怖が強く、宗教によって救いを得るという考え方が主流らしい。あくまでその動画の話で聞いただけだけど。
日本人の死生観、「火の鳥」や「銀河鉄道999」などの不死を求めて右往左往する人々の話から強く影響を受けているんだろうと思う。もちろん「ちいかわ」にも受け継がれている。
不死=地獄の苦しみ、という印象は私の中でもかなり根付いているんだよね。
刹那の美学、有終の美、という考え方も日本古来から連綿と受け継がれているというのもあるよね。
だからこそ私は、イーガンの、いや不死でも元気だよ!楽しいよ!死に方も自分で選ぼう!みたいなのは凄く衝撃だったから好きになったというのはある。
今作はそんなイーガンが人間や医療や科学の限界を描いているということで、それはそれでコレジャナイ感というか、なんだかありきたりに見えるのかもしれない。
でも、それは日本人だからそう感じるというのもあるのかな、と思ったりした。海外の人からみたら、こっちの方が新しいのかも。海外進出したことがない私はわからんですが……。
終盤はそれぞれの死生観を語り合ったりなんかもできて、それも面白かった。
私は死も不死も怖くて、生まれてきたのが悪…みたいなJRPGのラスボスみたいなことをずっと思っていて、たぶんそこから死ぬより苦しいことを描く作品に魅せられるようになった気がするのだよなあ(病んでるわけではないです)
そういえば、イーガン作品にしては意外なほど登場人物の話も多かった。
前述したマーティンはもちろんとして、特にナシム・キャプランについての話題が多かったように思う。
ナシムはなんだかすごく居そうなキャラクター、という意見があり、わかる~となった。
1部のナシムを見ながら、自分の10年前を振り返って苦い気持ちになった。若さと傲慢さってほぼ同義みたいなところあるよね。まあナシム程の賢さも才能もなかったけど……。
2部では現実を見据えて大人になり、最終的に様々な人との対話を重ね、サイドローディングの危険を伝える方向に舵を切るのも感動的だ。ナシムもっと頑張ってくれ…!という声も理解できるが、人権を重視するイーガンらしい結論とも思う。
父への葛藤についても、サラッと描かれているものの、肌感覚でスッと理解できる秀逸な描写である。
そういえば、なんか今作はサラッと描かれている割に納得感のある描写が多い気がする。
ジャヴィードの描写も決して多くはないが、リアルな子どもの感じが伝わってくる。両親の死を受けて徐々に成長しているのもわかり、親の立場で読むと涙を禁じ得ないのではないだろうか。
マーティンがマフヌーシュにどう考えても一目惚れしているのも、特に心情は描かれてはいないものの、なんかすぐにわかる。ストーキングし過ぎだし。2部で結婚していても違和感がない。
マーティンの元彼女のリズの気持ちもよく分かると評判だった。マーティンはめちゃめちゃ頑張っていたのに10年後にあっさり記者の職を失ってて悲しいよね。
そして出世しているベフルーズ。名脇役だった。
そしてそして、いちばん話が盛り上がったのは、なんといっても、キャプランである。
努力家で楽観的で大金持ち。初期イーガンの作品では、彼の方が主人公になっていたよね、今作でも裏の主役では?という話も。なんかちょっと「順列都市」のポール・ダラムっぽいのよね。
健康維持も限界を迎え、サイドローディング事業は失敗し、AI神も作られず、何なら彼がいちばん今作で敗北している気がするのだが、とにかく希望を捨てず、冷凍睡眠やら従業員の引き抜きやらと次の策を打っていく。ある意味めっちゃ格好いい。
たぶん彼は10年後目覚めたときもアッサリと時代に適合し、科学の進歩ヤッターと突き進んでいくんじゃないかな。
いずれ老熟したナシムと全面対決して欲しいものです。
読み直すと、最初のレコードをデジタル化するシーンは、ストーリーの全てを端的に説明していて、お見事の一言でしかない。
私は全く音楽に疎い人間なので、デジタル化に失敗したマーティンの絶望は、直感的にはよくわからない。
すごく好きなゲームBGMをYouTubeで聞いていて、好きな曲に不自然ながたつきがあって(仕様じゃなくてミス)も、ちょっと残念だけどまあいいかなと思って聞ける程度の雑な耳である。
ただ、すごく大切なものの細部が傷ついてしまったことで、なにもかもが台無しになってしまった絶望というのは、想像するに難くない。
そして、楽観的に捉えて十分に確認しなかったことへの後悔も、よくわかる。
ここだけを読み返してもいつまでも味がする作品だなと思います。
ちなみにマリアムがマナムになってしまった絶望は、主催ちょっとわかる。
眉村卓の「なぞの転校生」が中学生の頃大好きで、大人になって文庫が新しくて出てたので買い直したら、「次元ジプシー」が「次元放浪民」に直されてて、なんかちょっとショックだったのよね……。
ジプシーが差別用語なのは百も承知で、時代を考えると修正されなければならなかったのはわかるんだけど、ちょっと、その……ダサくないですか……別の単語にならなかったの……?
眉村卓先生は「まぼろしのペンフレンド」が推しです。書いていて、そういえばこれもコピー人間ネタの話だったなと思い直して読み返していました。やっぱり良い話だ……。
調べたら絶版になってて、新しく出ていた青い鳥文庫のやつも、もう中古以外では手に入らないみたいです。
えっ私が持ってるの、昔古本屋で買った、すっごい乱丁があるやつだけなんだけど……(味があるのでかえって嬉しくて取ってある)
イーガン好きに勧めるにはちょっとライトすぎるかもしれないんだけど、読む機会があったらぜひ読んでみて欲しいですね。
さて、次回の読書会は、ちょっと趣向を変え、課題本は特になし!としました。ちょっと忙しくて読む時間が取れないかも、というのと、時期的に年末なので、総清算的な話をしてもいいかなと。
企画としては、イーガンとイーガンっぽい作品について語る交流会&イーガン読書会の今後を考える会です。お勧めしたい作品などあれば1,2冊お持ちいただけると幸いです。
初めての方も、リピーターの方も、イーガン読んだことない人も、イーガンのオタクも、みんなで集まって話をしましょう。
日時は、12月6日(日)15時~。
参加者については、大体1ヶ月前くらいにXのアカウントで募集していますので、ご興味ある方はぜひチェックしてみてください!
質問などある方は、お気軽にリプライとかDMください。当日中には返答があると思います。
では、今回ご参加いただいた方々、ほんとうにありがとうございました!今後ともよろしくおねがいします!








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