当読書会はイーガン専門の読書会なので、今回の作品を取り上げてほしいという話を聞いた時、いやーイーガンじゃないからなーと返すつもりでした。
しかし、すぐに山岸先生も話題に上げていることを確認し(ちなみに連絡くれた方も山岸先生のポスト経由だったそう)、これは即答すべきじゃないと判断。
すぐにkindle版を購入して読んでみると、あまりのネタの多さに大笑い。いやあ、山岸先生の守備範囲の広さにはいつも頭が下がります。
これはやらなければ逆にイーガン読書会と言えないわ!となり、ちょうど新年になるし、早速、新春特別編を企画しました!
そんなわけで新年一発目がNOTイーガン作品にはなってしまったのだけど、読みやすい短編だったこともあって、馴染みのメンバーに加え、他読書会の忘年会で興味を持ってくれた方も参加してくれました。ありがとうございます!
作者の方にもイイネやRPをいただき、喜んでいただいてとても嬉しいです。このまとめも気合が入るというもの!
山岸先生も、いつもイイネ、RPをありがとうございます。当読書会はそのおかげで成り立っています。
というわけで、今回の課題本は小説推理12月号収録の「春2050」。「COLORFUL」というサイトでも無料で読める。
作者は新馬場新さんという新進気鋭の作家で、私はこの作品で初めて知った。ちなみにしんばんばあらたと読む。
参加者は私を除いて8名いたが、ほとんどが私同様初読みの作家で前作「十五光年より遠くない」を読んだことがある方が一人。
こちらもSFネタがたくさんあるということで、とにかくSFが大好きな方なんだな、好きなSFネタを自作に仕込みたいんだな、という話になった。
しかし、あまりにネタの仕込みが多いのはどうなの?二次創作や同人誌みたい、という話も上がってくる。
そこで、いやいや大ブレイク中の「チェンソーマン」や「ダンダダン」は他作品のオマージュがたくさん出てくるよなんて話も上がり、結局面白い作品は、オマージュされている作品と勝負できるくらいのオリジナリティがあるよね、という話に。
また、こういう作品は作中で取り上げられている作品を読むきっかけになるという話も。今作を読んで「順列都市」と「ビット・プレイヤー」を読了した方もおり、スゲーッとなった。
「順列都市」とかは、古い作品でもあるので、もはや作中の設定が他作品のベースになりすぎており、元ネタを知らずに楽しんでいる人も多いはず。
そんな中、今作は「ダラム」が差し出す「この世界を理解するのに役立つ」「オーストラリア」の作家のことが気になれば、自然と元ネタに辿り着く。
ハルヒが流行ったときに長門の本棚が気になってハイペリオンを読んだという参加者の方もおり、作品を通じて過去の作品に誘導するということは、やっぱり世の中に必要なんだろうなと思う。
そう考えると、できれば参考文献に名前を出した作品を並べて欲しかったなあ。まあ、雑誌の都合上仕方がない部分はあるんだろうけど…。
ちなみに、こんなにSFなのに、なんで「小説推理」での掲載なの?という話になったとき、作中の作品ネタを推理させるという話が挙がって、場が笑いに包まれたという場面があった。
SF慣れしている私たちからしたら、そのまんますぎやしないかという感じではあるけど、SFをよく知らない人から見たら、さすがに人物名で「ゼンデギ」ってちょっと変じゃない?何か裏があるのか?とかなるのかな?
イーガンぜんぜん知らないって人に、一回読ませてみたいよね。
そんなわけで、やはりイーガンネタについては一通り話をした。
「祈りの海」「ゼンデギ」はそのまま作中に登場。「ビット・プレイヤー」は「端役」のルビで、「プランクダイブ」は「PlanckDive.Ltd」として出てきている。
途中でゼンデギが語る「それだけが私のしあわせの……」は「しあわせの理由」。しあわせがここだけひらがなになっているので間違いない。
ダラムの憧れの作家は、当然我らが愛する「グレッグ・イーガン」のこと!
また、この作品そのものが、非常に「順列都市」テイストである。人格の電脳化やリソースのやりくりなどの設定はかなりそのまんまである。
老婆が話すダラムの着想「自己が存在し続けているから、自己の連続性を認識できるという因果を否定し、自己の連続性を認識することによって、自己は存在し続けると再定義する」は、まさに「順列都市」最大の面白ポイントである塵理論の端的な説明である。
読書会後に読み直してて気づいたけど、「わたしは、自分がそれ以外の結論に達するとでも思っていたのだろうか?」も「順列都市」からの引用だった。めちゃくちゃ冒頭だった。同じところで「快楽の園」も出てくる。やっぱり〈コピー〉じゃないか。
タイトルとして出てこなかった作品についても、HALの内部に入った時に苦しむ姿は「シルトの梯子」で精神を肉体に移す時の描写に似ているし、知識をインストールさせる描写は「ディアスポラ」でも似たものがある。これも後で思ったけど、「宇宙消失」のMODも似てるよね。
HAL内のNPCやチュートリアルなどの話は「ビット・プレイヤー」のオマージュ?という話も上がった。
こうやって見てみると、あまりにもイーガンオールスター!
しかし、それ以外にも色々な作品のネタを含んでいると話題になった。
HALは「2001年宇宙の旅」のHAL9000が元ネタだろうし、AliveNowは機能的にも「ハーモニー」のWatchMeそのままだ。
ヒューゴー賞のもとになったヒューゴー・ガーンズバックも、石碑「Germsback」として登場。「R124C41+」という座標は、彼の作品「ラルフ124C41+」である。
あと、頭に花を植えるのは「多重人格探偵サイコ」ですよね!(SFじゃないうえ、グロ注意)
でもローズマリーはあんまり可愛くな…なんでもないです(参加者に頭が良くなる効能があるからじゃない?と教えてもらいました)
あまりにネタが多いので、ロボットを背負う老婆も何か元ネタがあるんじゃないか?という話にもなった。「とある屈辱的な事情」で子どもができないというのも引っ掛かりのある言い方だし…。
この老婆、会の中では割と人気で、ちょっとしたシーンに入れ込むにはあまりにも印象的すぎると話題になった。
とともに、ゼンデギもそうなんだけど、なぜ老人が老人のアバターを使っているのか?という疑問も上がっていた。別にバ美肉もできるはずなのにね。
しかし、電脳化してまで自分と地続きでいたいか?というのは、バーチャルの世界が当たり前にある今、もっとちゃんと考えていくべき問題なのかもしれないよね。
話は戻るけど、阿部公房「第四間氷期」だけは引用文献にも挙がっており、なぜこれだけはわかりやすく引用されているのか?という疑問が挙がった。
しおりにしては文章長すぎだし、なにかしら意図があるのでは、というところで、引用文そのままをメッセージとして受け取るべきとか、未来から裏切られるテーマが共通点であるとか、色々な解釈が出て面白かった。
個人的には、このまとめを書いている途中、もし今作が作品ネタ推理モノとして意図されているならば、このしおりはヒントなのでは…?と思ったりした。
この辺、作者として何か意図があるのであればご教授いただきたいところである。
こうやって書いていくと、なんだかオマージュばかりの作品のように思われるかもしれないが、実際に一番たくさん話していたのは、作品のオリジナル部分だったりする。
なんなら、イーガンオマージュのない前半が一番面白かったという意見もあった。「ハーモニー」的な世界観を描きながら、そんなに清浄になるわけないだろと言わんばかりのスラム街を緻密に描いている。
少女二人の百合的な関係性を描きながら、反知性主義的な趣のある主観描写や抽象的になってなお生々しく残り続ける性の在り方について、上手く書き込まれていると感じた。
破滅願望がだんだんと売り物になっていくストーリーの面白さに魅せられたという意見も。
散りばめられた細かい設定も今の時代を反映していて高評価だった。
昔はマンガ喫茶で暮らす若者が話題となっていたが、今作では24時間営業のジムというのが面白いよね、実際はそんな綺麗じゃないと思うけど……なんて話をしていたら、数日後にXでジムで寝泊まりしている話がバズっていて戦慄してしまった。2050もう来てるぞ。
なんでも教えてくれるグラスは、グーグルグラスじゃん!と指摘が。もう販売終了してしまったけど、スマートフォンと連動するスマートグラスは着々と開発・販売が進められている様子。
主人公は知識を得ることにうんざりしているけど、やっぱりSF好きとしてはロマンではあるよね。
短く具体的な言葉が好きな若者についても短く的確に語られていて良かった。やっぱりタイパを気にする人や損をしたくない人が多いよね、という話にもなった。
このような時代性のある描写で楽しめた前半に比べ、後半はどうしても「順列都市」に引っ張られてしまう部分があり、巨匠イーガンと比べてしまうと掘り下げの浅さが気になってしまうという意見があり、それは確かにな…と思ってしまう。
主催も初読の時は、どうしてもイーガンネタが楽しくなってしまって、ストーリーの本筋を見失っていた感が否めない。
最後のまとめの時に、新人作家でも世に出た作品は往年の大作家と並べて比較されて大変だと思ったという話があり、現代作家はほんとうに大変だ…と思う。こういうのでメンタルやられない人が大成するんだろう。
しかし、後半も全然オリジナリティがないわけではない。心の傷が売り物になるという設定は非常に斬新で面白い。
心の傷を買うってどういう状況なのかという議論になり、やはり体験をして感動ポルノ的に楽しむのかなという話になった。
自傷や自殺が未然に防がれる時代にカタルシスを味わいにいく金持ちたちは、配信アプリにハマる若い子に投げ銭をして、面倒を見てあげている気になる大人たちを思わせる。
心の傷といってもワンパターンになりがちでは、飽きるのでは、という疑問も上がり、自殺配信のように、だんだんと過激になっていくのではという話も。また、主人公はそれに気づいて他者に売らせるビジネスを始めているという指摘もあった。
この辺りについては、飛浩隆の「グラン・ヴァカンス」「ラギット・ガール」を想起する方も多かった(しかし飛先生と比べられるのもプレッシャーよな…)
気持ち悪いものを描き、それを楽しんでいる自分(読者)を意識して書いているところで、通じるところがあるとのこと。
なんだかんだ、みんな大好きなのは感動ポルノ、なのだ。耳が痛い話である。
Xistでお金を使うために出稼ぎをするというところでは、いただき女子りりちゃんで話題となった、風俗やパパ活で稼いではホストにつぎ込む女性たちを繁栄しているようにも思える。
そのうち帰って来なくなるのはダラムに体を売られるから?という意見もあって怖かった。
そもそも電脳化を「順列都市」の〈コピー〉みたいに考えるのであれば、仮死状態にする必要はないよね、という話があり、それってつまりダラムの管理下に置くためにそうしてるのかな…と思うとまじでダラム怖い奴だ…となる。
「順列都市」にはない設定である、HAL内で流れる広告についての議論もかなり白熱した。
リソースがない子たちに広告を見せる意味とは?という所から始まり、HAL内で使えるアイテムの広告なのでは?でも水とか売ってたよね?という話になり、心の傷の効率な売り方とかそういうのがあっても面白いよねという話に。
出稼ぎの話から、一応現実世界に記憶も引き継げるっぽいので、その時に一緒に広告も書き込まれ、サブリミナル効果みたいな感じで外に出たら買ってしまうのではという話も。それだと広告を見せる意味ちゃんとあるよね。
ダラムは広告代をもらい、それを若い子たちに与えて……なんというマッチポンプ。恐ろしすぎ。
また、もはや広告≒労働という形で使用されているのではという意見もあり、これも面白かった。確かに、無料のコンテンツを見るために広告を見ていると、労働している感じがしないでもない。
広告の部分をもっと掘り下げた電脳世界のおはなしがあっても面白いかもしれない。やっぱりインフルエンサーがいて、宣伝したりするのかな。
全体として見ると、自身の世界の中に現代の在り方や問題意識を入れ込むことに長けた作家だと思う。しかもSFをたくさん読んでいるので、有り余るほどの設定の引き出しがある。つよつよである。
斬新なアイデアの上にもっともっと面白いストーリーがついてくれば、めちゃくちゃ大成しそうな気がするので、頑張ってほしいところです(なんか偉そうですみません…)
まとめでも、有望な作家を知ることができて良かった、次作がとても楽しみという声が多く上がっており、また、思ったよりも語りどころが多くて楽しかった、読書会を経てさらに面白く感じた、という声もあり、読書会やって良かったな~とも思います。
主催もとても楽しかったです。
読書会内では、他にも最近純文学にSFが入って来てるよねとか、百合SFやBLSFについてとか、シスターフッドと百合って何が違うの?とか、色々話題があったのですが、作品と関係ないし、字数的にも入らなくて断念。
ちょっと前段に挟めなかったんですが、電脳世界の関連で、征悟郎の「ヴィーナス・シティ」を思い出すという声も上がっており、全然知らない作家だったので今度読んでみようと思います。
私はほんとうにわかSFファンなので、読書会をやっていると知らない作家を教えてもらえて楽しいです。この間は谷甲州を教えてもらって読みました。
そんな、イーガンがただ好きなだけの特に知識もスキルもない主催ですが、ほそぼそと読書会の運営とまとめの記載は継続していこうと思いますので、今年もよろしくお願いします。
次回は3月2日(日)15時より、SFマガジン2月号収録のイーガン最新作「アフター・ゼロ」をやりたいとおもいます。環境問題のおはなしなので、以前扱った「クライシス・アクターズ」と通ずるものがあるような気がします。
Xのアカウントで募集していますので、ご興味ある方はぜひご参加ください!
では、今回ご参加いただいた方、ほんとうにありがとうございました!次回以降もよろしくお願いします!!