当記事には漫画「Thisコミュニケーション」最新刊までのネタバレが含まれています。未読の方はご注意ください。
突然ハマってしまいました、Thisコミュニケーション。へんてこなタイトルで敬遠していたんですが、友人が推していたのとコミックス1巻無料で読んだら沼に落ちました。
合理的で、だからこそ最低最悪な主人公デルウハと、振り回されるバケモノ系不死身少女たちがサイコーでなりません。
とくにデルウハは、最低最悪でありつつも、それ以上に「もしもずば抜けた頭脳と身体能力を得たら、一度はこんな風に生きてみたい」と思わせるような性格に仕上がっているので、本気で嫌悪感を抱いて読めなくなることがない。
いや、本気でダメな人もいるんでしょうけど、そういう人があまりに多かったらこんなに売れてないわけなので、やっぱり多くの人がデルウハ的合理的最悪人生に憧れ、ないし、尊敬を抱く部分があるんだと思います。
謎の生物イペリットによってほぼ世界崩壊しているというのもたまらんです。しかもこの生物、無駄に進化するし。別に人類に対抗してというわけでもなく(今のところ)、ただなんとなく進化してるがために人類側が大変なことになっているというのも素敵です。
少女たちが死ぬと1時間記憶を失うため、疑似デスループものとしての楽しさとハラハラ感もいい。それまで散々な諍いや殺し合いをしようとも、その後記憶をなくし、のんきな日常を送っているとゾクゾクしますよね。
彼女たちは女狩人(ハントレス)、そしてデルウハの兵士であるため、イペリットに勝つために必要でない成長は永遠にすることがなく、ただひたすら戦争と変化のない日常を繰り返すことになります。能力的な欠点や感情的な脆弱さも、そのまま、つまりデルウハが利用しやすいまま。
彼女たちに許されるのは、デルウハを信用し、デルウハの言うことを聞くこと、それ以上の自我を持つようになった場合、速やかに死んで巻き戻ること。
我々読者は彼女たちが実は成長したことがあると知っているけれども、ページを捲るとそこにはそれを奪われて笑っているその子がいるわけです。実に心の暗い部分にチクチク罪悪感と優越感を刺してきて最悪で最高です。
まあ、しかし、ぼくたちはゲームをするとき、よくこういうことをやっているよね。ファイヤーエムブレムで誤ってキャラが死んだときは、リセットボタンを押すし、ときメモでデートしたときはばっちり好印象な選択肢を選ぶためにセーブ&ロードを繰り返すよね。
かつて、主に美少女ゲームにおいて、少女たちを消費する罪悪感を、世界ループやメタ視点を持つキャラクターなど、様々な手法によって解決してきたけれども、この辺の流れを汲みつつ、また違ったアプローチでドラマ展開する「Thisコミュニケーション」にはもう目が離せないです。
前置きが長くなったけれども、今日の本題はよみちゃんについて。
このブログを書いている時点での最新刊は5巻だが、ラストがとにかくエモいと話題になっている。
私も読んでいて衝撃を受けた。ついつい、ヒィーたまらん、と声に出してしまったほどだ。いや、ほんとうに声が出た。
他のハントレスを優に凌ぐ能力に覚醒し、デルウハが今まで行ってきた記憶操作を理解したよみに対して、「こんな俺でも選んでくれるか?」と自信たっぷりに投げかけるデルウハ。
よみは結局、残ったハントレスたちを皆殺しにし、「変になりそうっ…でもっ…」「デルウハ」と呼びかける。しかし、デルウハはよみに二の句を告げさせない。
「俺は必ず 不信も不仲もない世界で もう一度 お前にその力を 手に入れさせてみせる」
「お前だってそれが一番いいと思うから …俺を選んでくれたんだろ?」
殺し文句である。しかも実際殺す。
よみの心の弱さにつけこみ、計画的に自分を慕わせていたデルウハは、ついに、自身の悪辣さに気付かれてもなお味方してくれる最強の部下を手に入れたのだ!
よみが確実に自分の味方になる、また、よみはイペリットや他のハントレスを凌ぐ最強のバケモノになる、これは、今後デルウハにとって非常に大きなアドバンテージとなるだろう。
ついでに引用したこの殺し文句、これはデルウハの本心であり、目指すものでもある。だってそうできたら、自分が生き残るのに最も適切な状況なのだから。よみも当然それを理解して、今後デルウハと最悪ながら最強のエモい関係を結んでいくだろう……。
と、思うじゃん。
しかしこの部分、よく見てほしい。
よみはデルウハから顔を背け、黙っている。瞳は虚ろで、どこか遠くを見ている。
最終ページの(最高にうつくしい)見開きで、やっとよみはデルウハの問いに答えるが、「…そうかもね」と歯切れが悪く、瞳は黒々と濁っている。
このシーンは、力を得たのに殺されてしまうよみの絶望を現しているのだろうか?
デルウハに依存し、仲間に手をかけた自身の心の弱さを悔いているのだろうか?
それとも単に作者が映画などで得たエモいシーンを書きたかっただけ?
私にはそうは思えない。
3巻でよみが心の弱さを突かれ、デルウハから「全部忘れさせてやる」と殺し文句を囁かれた際、よみは自らデルウハに縋りついた。今はまだ、優しい世界(背景に映るシーンから、デルウハとハントレスたちと楽しく過ごす世界と推察できる)にいたい、と。
絶望と後悔に満ちたその顔は、それ以外に選択肢がないことを語る。
今回はどうだ。よみは、仲間を虐殺したにも関わらず、「でもっ…」と口にするし、デルウハから顔を背けている。そして、極めつけに、「…そうかもね」
そうかも、ということは、つまり、そうでないかも、ということだ。
「不信も不仲もない世界でもう一度力を手に入れることが、一番いいと思う」かもしれないし、そうでないかもしれないということだ。
だからこそ、私の思う答えはこれである。
少なくとも"この"よみは、すでに優しい世界(≒不信も不仲もない世界)を諦めている
そもそも、よみの望みとは何だろう?
自分が誰かに必要とされること、そして、ハントレスの中で最も強く、それを認められることである。
前者は物語の中で明確に示されているし、後者は、要所要所で自分が一番強いことにこだわり、主張し続けることから推察できる。
対して、デルウハの望みとは何か。
毎日パンとサラミが食える立場を守ること、この一点につきる。
デルウハは、バケモノじみた強さを持つハントレスたちの中で、だからこそよみを選んだ。にこでもなく、むつでもなく。この二人には、明確に特別な関係になれるタイミングがあったにもかかわらず、デルウハは容赦なく二人を殺す。
よみはハントレスたちの中で最も強く、戦闘における弱点に乏しい。味方にしておかないと、いつかデルウハの能力を持ってすら太刀打ちできない存在になるからだ。
それがデルウハの合理的判断で、そして、デルウハは合理的によみを自らに心酔させる。
思考や方法こそ歪んでいるものの、デルウハがよみを認め、必要とする気持ちに一片の嘘も迷いもない。
それは、よみにとってはどういうことか。
よみは長らく、求めていた強さによって辛酸をなめさせられてきた。強さを主張すればするほどハントレスたちからは反感を買い、周囲の人間たちからは怯えられてきた。
強くなりたい、しかし、強くなっても必要としてくれる人も、認めてくれる人もいない。世界はとうに滅んでおり、いつかどこかの誰かが…という希望を抱くことすら許されない。
ひとりぼっちだった、よみ。
そんなよみの前に、突然、自分に反感も持たなければ怯えもしない、頭脳も身体能力も並外れて優れた男が現れ、言うわけである。「お前がいて良かった」と。
よみは急激にデルウハに心を許していく。それも当然のこと。
そう、よみの望みは、デルウハが現れた時点で、既に叶っている。
こんな地獄みたいな世界で、しかし、デルウハさえいれば、よみは満ち足りた人生を送ることができるのだ。
まあたまに裏切られるけど、死ねば忘れるし、その死をデルウハは躊躇わないし。
ただ、よみには、ハントレスたちへの愛着があった。可能であれば仲良くしたいし、自分を必要として欲しいし、そのうえで自分が一番強いことを認めてほしかった。
だからこそ、1巻で誤ってむつを殺してしまった際、よみは手の震えが止まらないほどの動揺を見せる。会ったばかりのデルウハの言葉に頼って仲直りをしたいと望むほど。
しかし、3巻でデルウハを追い詰めたときのよみは、既にその愛着を失いつつある。
デルウハの言う、真相を信じてもらえない、孤立する、といった言葉をよみは否定できない。そうしていう言葉がこれだ。
殺してやる…
にこはイライラを制御できるようになって いつかは物事を正確に見るようになって いちこは自分で考えるようになって みちは人と関わるようになって そんな私たちを…むつが引っぱって
いつか必ず…気づくのよ あんたの本性に気付いて…殺してやる…‼
これは一見、みんなと一緒にデルウハを殺す未来をよみが望んでいるように見える。
しかし、よく読むと、これは、皆の欠点を認め、今のままのみんなとはデルウハを殺せないということも示している。そうして、皆が欠点を補い、強くなった未来でなければ、デルウハを失いたくないということも。
よみはこの時点ですでに、ハントレスたちよりもデルウハの方に気持ちが寄りつつあるのだ。だから、デルウハを疑うことも傷つけたこともない1時間前に戻ることにした。
優しい世界に。
そして5巻、よみはデルウハが崖から落ちたことにより、1巻と同様に激しく狼狽える。そして失言を繰り返し、ハントレスたちと仲違いをする。
イペリットを倒すことでなんとか許してもらおうとしても、新しく再生能力を身に着けさらに強くなったがために、皆に怯えの目で見られるようになってしまう。
味方がすごく強くなって! 敵を倒して! なんで嫌な顔するわけ⁉
これだから弱い奴は―――……あんたらは!
…嫌いなのよ‼
よみの叫びはあまりにもかなしい。
これを転機に、よみのハントレスたちへの愛着や希望は失われていく。
だからデルウハを選んだのだ。たとえ、ハントレスを、自分を殺す殺人鬼であっても。いや、だからこそ。
デルウハがいれば望みは叶う。しかし、デルウハがいることで、他のハントレスは成長することがない。成長して、自分と親しくし、自分を認め、必要としてくれることがない。
よみは気付く。
優しい世界などほんとうは必要ないことに。強くなればなるほど、自分を認め、必要とし、欲しい言葉をくれるのはデルウハ一人なのである。
この世界で、ほんとうに、たった一人。
っ…変になりそうっ… でもっ…
デルウハ
この後に続く言葉は、
「この記憶と力を忘れず、デルウハと一緒にいたい」
だったのではないだろうか。
だって、こんな怪物になって、自分でも怖いくらいの力をさらけ出しても、デルウハは変わらず隣にいるのだ。
しかし、デルウハの望みはたった一つである。三食食べること。
デルウハにはよみが必要だが、それ以上にハントレスという兵隊全体が、淀みなく戦闘することが必要不可欠なのである。
いくら強いからと言って、よみ一人では、兵力として乏しいのだ。
よみはデルウハを選んだが、デルウハはよみだけを選ばない。よみが強く、仲違いもない未来を希求する。それが合理的に最も生存確率が高い未来だからだ。
当然、よみはそれにも気が付いている。だから顔を背け、瞳を濁らせた。
見たくないのだ。そんな、うつくしい未来は、”優しい世界”は、きっと存在しないだろうと知っているから。しかし、そんな夢物語を、それでも、まだ、否定したくないから。デルウハならやってくれるのではないか?と期待してしまうから。
だから”この”よみは、黙ってデルウハに撃たれた。
しかし、今後のよみはどうなるだろう。
実際のところ、私としては、やはり優しい世界がある未来は存在しないのではないかと思う。
よみは誰かを守るために強くなるという性質に薄く、その強さは、仲間への反感から生まれることが多い。
よみが死に戻りで成長を阻害されている限り、その性質は変わりようがないため、この怪物的強さを、不信も不仲もない状態で得るのは難しいのではと思わざるを得ない。
戦いが激化していく中、不信も不仲も、むしろ広がっていくばかりなのではないか。よみはより強くなるが、ハントレスたちへの愛着を急激に失っていくだろう。
いつか、よみが完全にハントレスたちへの愛着を断ち切ってしまったら、今度は前述したセリフを口に出すに違いない。
そして、こう、哀願することになるのではないだろうか。
「殺さないでくれ」と。
実は、この論は、一つだけ穴(もしくは希望)がある。
むつの存在である。
むつには死に戻りがない。むつだけは成長する余地があるということだ。
また、むつはデルウハと似た思考を持つことが明示されており、うまくすれば第二のデルウハとなれる可能性がある。
つまり、よみとむつがエモい百合ップルになれば、よみとデルウハの地獄のセカイ系的関係は解消できる可能性があるわけだ。
まあ個人的には、むつとデルウハだったらデルウハのほうが好きだし、むつと付き合ってもよみが幸せになれるかは微妙なので、別にその展開はなくてもいいかなあと思っているけれども。
ともあれ、いろいろな可能性があるのはいいことだと思う。
ぶっちゃけ、こんな未来予想なんて全部外れてもっとエモい光景が見られる可能性もめっちゃ高いと思っている。
Thisコミュニケーションはまだ5巻しか出ていない新進気鋭のスーパー漫画なのだから。
ということで、皆さん続刊を心待ちにして、地道に売り上げを上げていきましょう。ちなみに私は今のところ本誌は読まない派なので、本誌ではどうこうというネタバレはしないでもらえるとうれしいです。