かみむらさんの独り言

面白いことを探して生きる三十路越え不良看護師。主に読書感想や批評を書いています。たまに映画やゲームも扱っています。SFが好き。

三体、あるいは葉文潔の人生について

当記事は三体および三体2のネタバレを含んでいます。未読の方はご注意ください。

 

葉文潔が好きだ。ちなみにイェウェンジェという語感が大変気に入っているので、できればこっちの読み方をしてほしい。

三体、三体Ⅱ読み終えてからというもの、葉文潔の人生ってなんだったんだろうということをずっと考えている。

彼女の内面は読みにくく、多分に解釈の余地があるので、これはめっちゃ考察されているだろうと思ってネットの感想を漁ったが、ほとんどない。三体Ⅱが発売されて半年が過ぎたが、未だに葉文潔のことを詳細に語るひとはいない。

これは私の検索が悪いかもしれないんで、いたらまじで教えて欲しい。私一人で妄想しているのは正直つらい。

しょうがないので自分で書こうと思ってブログを作りました。まあ、これを機に葉文潔を愛してくれる人がいれば嬉しい。

 

まず、三体Ⅱのプロローグを思い出してほしい。

葉文潔と羅輯が出会い、文潔は羅に宇宙社会学の原理を解く。これが羅が三体文明に命を狙われるきっかけとなり、最終的に三体文明に打ち勝つカギになる出来事だ。新しい概念に興味を抱く羅に対して、文潔はこう言う。

人生のほとんどを、これについて考えて過ごしてきたから。ただ、このことをだれかにきちんと話したのは、いまがはじめてよ。どうして話してしまったのかしらね……

謎ポイントが二つもある。何故彼女は人生のほとんどを宇宙の真実に捧げてしまったのだろう?というのが一つ目。人生のほとんどを宇宙社会学について考えているような描写は無印三体にはない。と思う。

人類の不道徳や三体協会の行く末や三体文明の科学技術など、彼女が関わって考えるべきものは数多くあり、単純な科学的興味で探求するのに人生のほとんどは長すぎるのではないか?

そしてどうして話してしまったのか?それが彼女が主と崇め救いを求めた三体文明にとって、脅威であることはわかっていただろうに?

そしてまた先生に教えを請いたいという羅に対し、文潔はこう語る。

この先、たぶんもう、そんな機会はないわね……もし行き詰まるようなら、わたしが言ったことなんかぜんぶ忘れてしまってかまわない。どっちにしても、わたしはもう責任を果たしたから。

(中略)

葉文潔は夕暮れの中、彼女にとって最後の集会へと去っていった。

 責任って、何?そして彼女は何を果たしたのか?というのが三つ目の謎ポイント。

そして、この話は文潔が三体文明からのメッセージを聞く前に語られたことも謎だ。三体文明の真実を知った彼女が喋らなくなり、レーダー峰に登るというのが三体のラストシーンだけれども、これはそれよりもずっと前の話だ。そしてこの時点で彼女はもう羅に会えないことを予期している。

三体ラストの後なら、真実を知って三体文明へ復讐したいという気持ちが出るのはまあ自然だろう。しかし、まだ三体協会の総帥であったはずなのに、なぜ?

 

この四つの謎に、一つ一つ解答を与えていきたい。正直ちょっと強引かな?という部分も多々あるのだけれども、そこはご容赦願いたい。反論があれば大いに反論してほしいし、新解釈があれば嬉々として聞きます。お願いだからみんな葉文潔に興味を持ってくれ。頼むぞ。

まず、四つ目の謎の解答から行きたいと思う。

なぜ最後の集会に行く前に羅に宇宙社会学について話したのか?これはシンプルに、文潔は三体協会の総帥だったころから、三体文明に対する疑念を持っていたということだと思う。つまりは、三体文明は科学力と道徳を兼ね備えた理想の文明ではないということを、彼女は既に知っていた。

これは、最後の集会で葉文潔が捕まった後の調書を見るとわかる。

尋問者 あなたも三体世界を”主”と呼んでいます。これは、彼らに対して救済派のような宗教的な感情を抱いているか、もしくはすでに三体教に帰依していることを意味しているのでは?

葉文潔 いいえ。ただの習慣です。……それについてはもう話したくありません。

(中略)

葉文潔 ふたつの陽子が地球に到達した日は、人類の科学が滅んだ日である、ということです。

尋問者 それはあまりにも……突拍子がなさすぎる。どうしてそんなことがありうるんです?

葉文潔 わかりません。ほんとうにわからない。三体文明にとって、われわれは野蛮人にも値しない。ただの虫けらのようなものかもしれません。

主と呼ぶのはただの習慣、三体文明にとって人類は虫けらのようなもの、とは、三体文明を真に神と崇めていては出てこない言葉だろう。中略しているシーンで、文潔は自身の知る限りの三体文明の情報を語っており、ある程度は情報を与えられていたと推測できる。

その情報から、彼女は三体文明が自身の理想と異なることに気づいてしまったのだろう。聡明な彼女は夢を見ることができなかった。

葉文潔 もし彼らが恒星間宇宙を渡ってこの地球にやってこられるのなら、それは三体文明の科学がきわめて高い水準にあることの証拠になる、それだけの科学力を有する社会なら、必然的に、高度な文明と道徳水準を持っているはずです。

尋問者 その推論は、科学的なものだと思いますか?

葉文潔 (沈黙)

尋問者 これはわたしの推測ですが――あなたの父親は、科学だけが中国を救えるというあなたの祖父の信念に大きな影響を受けています。そしてあなたは、父親から大きな影響を受けている。

葉文潔 (静かにため息をついて)わかりません。 

これはジャッジメント・デイの襲撃シーンが終わった後の調書だ。引用していて泣きそうになってしまった。沈黙とため息は、文潔の絶望感を如実に示している。彼女は理想と異なること、そして自身の考えが科学的、論理的でないことに気づいているから沈黙するしかなかった。

ちょっと脱線するけど、葉文潔は、宇宙でもエイリアンでもなく、科学と父親に助けを求めていたのかなあと思うとほんとうにつらくなってしまう。父親はもういないし、科学ももう発展しない。

三体文明は、文潔の理想とする文明ではなかった。そのうえ、三体協会も彼女の理想とするものではなくなっていた。初期の三体協会の綱領は、彼女の理想と合致したというのに。

われわれの理想は、三体文明に人類文明を矯正してもらうこと――人類の狂乱と邪悪に枷をはめ、ふたたびこの地球を、調和のとれた、罪のない、豊かな世界に戻してもらうことです。

三体協会がこの綱領のままだったら、文潔はまだ救われたかもしれない。だが実際は、人類を憎んで滅ぼそうとするエヴァンズに率いられた降臨派が台頭してしまった。そして彼女にはもうコントロールできなくなっていた。

しかし、火を熾したのは、他でもない、文潔だ。彼女には責任がある。

さて、三つ目の謎だ。責任を果たしたとは何か?

この責任とは、三体文明を迎え入れたこと、そして、三体協会の火を熾したことだ。彼女の人生において、これ以上の責任はない。それを果たしたとはどういうことか。

三体Ⅱのプロローグ時点で、文潔は自分が捕まることも、最後の集会になることも予期していたのだと思う。最後の集会で彼女はこう言っている。

エヴァンズやあなたのような人間は、もはや見過ごせません。地球三体協会の綱領と理想を守るため、われわれは降臨派の問題を完全に解決しなければならない。

そして、こうも言う。

比類なき力を持つわれらが主に比べれば、わたしたちがすることはすべて無意味。だからわたしたちは、やれることをやるだけよ。

この後、集会は警察に占拠され、葉文潔は捕まり、尋問を受けることになる。

このやれること、とは、降臨派の問題を解決することだろう。そしてそれはもはや彼女の手には負えない。警察に三体協会を崩壊させることだけが、彼女がやれることだったのだ。

だから彼女は汪淼に申玉菲と対話させたり、ゲームの三体をプレイさせたりした。汪淼に自身の過去を話したのもその一環だろう。

カウントダウンや宇宙の輝きは三体文明から汪淼への攻撃であり、それを利用し、逆手にとって三体文明とエヴァンズ率いる降臨派に立ち向かったのだ。

汪淼じゃなくても良かったのかもしれない。なんなら、娘の楊冬が担ってくれたら良かったのかもしれない。そう思って読むと、楊冬の教育は失敗だったと語るシーンが悲しすぎる。みんなも悲しみに浸ってほしいので引用する。

「お嬢さんに、すばらしい教育を施されたんですね」汪淼は感慨深く言った。

「いいえ、失敗だったわ。あの子の世界は単純すぎた。あの子が持っていたのは、空気のような理論だけ。それが崩壊したとたん、生きていくための支えがなにもなくなってしまった」

「葉先生、それには同意できません。いま、私たちの想像を超えた事象が起きているんです。人間が世界を理解するための理論が、前例のない災厄に見舞われている。同じ運命に転がり落ちた科学者は、彼女ひとりではありません」

「でも、あの子は女だった。女は、流れる水のように、どんな障害にぶつかっても、融通無碍にその上を乗り越え、まわりを迂回して流れていくべきなのに」

切なすぎやしないか。葉文潔自身が、障害を乗り越え、流れるように生きようとしている。保身に走った母もそうだった。紅衛兵の女たちもそうだった。しかし娘の楊冬は、自殺を選んでしまった。

これは性差別の場面なんかじゃない。彼女が出会ってきたおぞましい女たちの、しかし唯一の美点を、娘は持っていなかった。あまりにつらく、悲しい場面だと思う。

何はともあれ、彼女は三体協会に火を熾した責任を果たした。

そしてもう一つ、三体文明を招いた責任のほうはどうか?

これが、人生のほとんどを捧げた宇宙社会学についてだ。三体文明を脅威に晒す学問を大成させ、誰かに伝える……。二つ目の謎がここで解決する。一つ目もほぼ解決かと思う。彼女は責任を果たしたかったし、理想から外れた三体文明に立ち向かおうとしていたということだ。

 

さて、謎はほぼ解決した。結構根拠を持って葉文潔の行動の動機を書けたんじゃないかなと思う。何度も言うけどこれを機に葉文潔の魅力に気が付いてもらえたらとても嬉しい。葉文潔は地球滅ぼしたかったと単純に思っているひとはもう一回読んでくれ頼む。

ちなみに私も自分で書きながら、見落としがちな彼女の行動や言動に気づけて楽しかった。相当頑張って丁寧に読んだ。普段はこんなことやらないので葉文潔はすごい。劉慈欣もすごい。

でも実は、一番話したいのは一つ目の謎について。もう少し掘り下げて、私の妄想解釈を語っていきたいんだけど、ちょっと長くなり過ぎたのでいったん切りたいと思います。

少しでも葉文潔に興味を持ってくれた方がいたら、次回も見ていただけると嬉しい。次回は葉文潔の人生の根幹にかかわる、あの二つの殺人について語りたい。この話をしないと葉文潔について語ったことにならないと思うので。